ちくま新書

思い出す、アメリカ音楽のいろいろ

PR誌「ちくま」1月号から、翻訳家の青山南さんによる、ジェームス・バーダマン/里中哲彦『はじめてのアメリカ音楽史』(ちくま新書)の書評を掲載いたします。 さまざまなジャンルを横断して一冊でアメリカ音楽を語った本書を、アメリカ南部にも造詣が深い青山さんはどのように読まれたのでしょうか。ぜひお読みください。

 里中さんは「モダン・ジャズ」について本書のなかでこう言っている。「『聴く』という意志をもたない者を拒絶する。こっちから寄り添わなくては楽しめない。でも、感性の枠組みをパフォーマーの演奏に合わせれば、あの世界に入っていける。たとえば、ジョン・コルトレーンのサックスは、こちらが胸襟を開きさえすれば、さまざまな愛についてのインスピレーションを与えてくれる。」

 ハイティーンのときにせっせと通っていた新宿のジャズ喫茶の光景を思いだした。1960年代の終わり頃だ、たばこの煙が充満している店のなかはモダン・ジャズが大音響でひびいているだけで、ひとの声はしなかった。店は満員なのにだれもしゃべっていない。みんなが、もちろんぼくもだが、「聴く」に集中していた。みんな、「感性の枠組みをパフォーマーの演奏に合わせ」ようとしていた、そうすることで、なにか「インスピレーション」を得ようとしていた。

 バーダマンさんはエルヴィスの「下半身の動き」についてこう言っている。「右足に重心を置いて、左足を激しく動かす。あらかじめ用意されたしぐさではなく、そのときの感情に煽られた、震えにも似た動きをしてみせる。それまでの白人は静かに立って歌うだけだった。我を忘れて歌い踊る彼を見ていると、体も思考もすべて黒人になることを夢みていたとしか思えない。」

 ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』の印象的な一節を思いだした。語り手の白人のサルはデンヴァーの黒人地区を歩いているとき、「黒人だったらいいのになあ」ととつぜん思うのだ。「白人の世界がくれるものは、どんなにベストなものでもエクスタシーが得られない、元気になれない、楽しくない、わくわくできない、闇がない、音楽がない、夜が足りない、と思えた。」その小説の時代は1940年代の最後の5年間だが、音楽が満載だ。翻訳していたぼくは、音楽が出てくるたびに確認のためにCDを購入したものだが、その量は、積み重ねたら最終的に30センチを超えていて、そのほとんどが黒人の音楽だった。

 里中さんもバーダマンさんもともに紹介しているのは「ブルーズ」と「ゴスペル」についてのマヘリア・ジャクソンの言葉だ。「絶望を歌うのがブルーズで、希望を歌うのがゴスペルだった。」

 それで思いだしたのは、1990年代の半ばにミシシッピ州のグリーンヴィルで開かれたデルタ・ブルーズ・フェスティヴァルに出かけたときのこと。会場は広大な原っぱで、猛烈に暑く、湿度もきっと90パーセントを超えていた。ブルーズだけではなくゴスペルの演奏もおこなわれていたのだが、ブルーズのステージは野外で、ゴスペルのはテントのなか。開会宣言で、司会者は、空を見あげて、こう言った。「今日も暑くなりそうだが、せいぜいブルーズを楽しんでほしい。暑くてたまらないというひとは、ゴスペルのテントのほうに出かけるといい。あっちはブルーズとちがい、天国だから。」

 その頃は、長年親しんできた南部の文学の実地検証をするべく、せっせと南部に出かけていたのだが、車でもっぱら流していたのはハンク・ウィリアムズ。風景にするりと溶けこんでいく声にこっちはうっとりしていた。里中さんは言っている。「路上でブルーズを演奏する黒人に、食事を提供するかわりにギターを教えてもらったというエピソードがあります。」

 バーダマンさんはアメリカ合衆国の国歌「星条旗」についてこう言っている。「酒飲みたちの歌 〔天国のアナクレオンへ〕のメロディをアレンジしてつくられました。そして、1931年に〝昇格〟して、アメリカ国歌になった。」

 そんな国の多様な音楽が、本書でずいぶん整理がついた。

2019年1月9日更新

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青山 南(あおやま みなみ)

青山 南

1949年生まれ。早稲田大学卒業。翻訳家、エッセイスト。著書に『短篇小説のアメリカ52講』ほか。訳書に『オン・ザ・ロード』(ジャック・ケルアック著)ほか。