単行本

「ふつうの結婚」に縛られそうになったら

トミヤマユキコ『夫婦ってなんだ?』

年の差婚、バーチャル婚から仮面夫婦、やんごとなきご夫婦まで、さまざまな平成夫婦事情を、フィクション、生もの問わずトミヤマさんが考察した『夫婦ってなんだ?』を、『嫁へ行くつもりじゃなかった』の岡田育さんに書評していただきました。ご覧下さい。

 六年前、結婚祝いで切子のペアグラスが届いた。とてもよい品だったが、台座のところに夫婦のイニシャルが削り込まれていたため、不燃ゴミの日に叩き割って捨てた。消せないお名入れさえなければ、きっと愛用しただろう。でも、今も昔も旧姓で活動する私は、新しい戸籍名の刻まれた贈り物がいきなり無言で届けられたことに、不気味さしか感じられなかった。青いほうに夫、赤いほうに妻の姓と名。なんでだよ、なんで他人が「色」を決めて勝手に「型」に嵌めるんだ。もしかしたら事実婚かもしれないと一瞬でも考えなかったのか?
 本書のタイトルでまず思い出したのが、あの色違いのグラスである。因習を一つ一つ振るい落として慎重に築き上げた我が家の新しい生活に、熨斗紙つけてぬるりと侵入してきた一対の盃。こと結婚が絡むと「よかれと思って」「そういうものよ」と暗黙のステレオタイプを振りかざす人があまりに多すぎる。自分の信じる「ふつう」を宅配便で送りつけてくる前に、もっと掘り下げて考えようよ、さまざまな可能性を想像しようよ、それぞれの夫婦のかたち、現代の多様な結婚観について……。
『夫婦ってなんだ?』は、その点かなりガチンコ勝負の考察を深めているので、ライトなエッセイのようでいて結構ズッシリくる読み物だ。著者は書評の名手としても知られるライター、そして早稲田大学で教鞭を執る少女マンガ研究者でもあるトミヤマユキコ。全十八章おまけ付きの夫婦論で取り上げられる題材は、芸能人やアスリートの夫婦、酒のCMに描かれる夫婦、ジブリアニメに登場する夫婦、はたまた動物界の夫婦、ヒトと人工知能との添い遂げ、失踪する配偶者、捨てられる糟糠の妻、年の差婚、セックスレスなど多岐にわたる。
 連載期間中は、夫婦が登場する作品ばかり摂取して過ごしたという。『夫婦善哉』『サルトルとボーヴォワール』『1122』、貴乃花の卒婚や樹木希林の訃報、乙葉、檀れい、里田まい、果ては『ゴーン・ガール』や『極道の妻(おんな)たち』まで取り上げる。時事ネタと固有名詞を縦横無尽に編み込んで、「夫の無関心によって、ママタレ活動は活性化する」「異様な幼さこそが、夫婦円満の秘訣」「夫婦であることにこだわるひとたちは、夫婦の形を歪めるのが本当に好き」など、斜めに斬り込む名言連発だ。
 SNSの夫婦アカウントについては「会ったこともない人の、巧みに編集された極甘夫婦ネタでしかうっとりできない精神状態は、依存症患者のそれに似ており、ちょっと危ない」とブレーキをかけ、仮面夫婦を扱う章では、身近にいくらでも生々しいサンプルがいるのに(!)「こちらの心臓がもたないので」とフィクションを読み解く。ゴシップを追いかけるときも、天皇皇后両陛下とイチロー夫妻のイメージを重ねるときも、観察対象へ踏み込みすぎない距離感がよい。かと思えば、自身の「キング・オブ・ハズバンド」ことオカモト〝MOBY〟タクヤ氏(SCOOBIE DO)との暮らしぶりについては赤裸々に筆を運び、パートナーシップを『サザエさん』の磯野カツオと中島になぞらえる。
 とっくに新婚時代を終えた私も最近は丸くなり、「うちとは相性悪かったけど、この世にはああした名入りの夫婦グラスを贈られて、泣いて喜ぶ新婚さんだっているんだろうな」と穏やかに思いを巡らせる。そして自分と歳近い著者が「同じドレスを着ても、同い年の子どもを産んでも、よその結婚と、うちの結婚は別物だ」と綴る言葉に、しみじみ頷く。
 たしかに結婚はオワコン化しつつある。それでも夫婦として生きる人々は絶えない。たった一つの正解はなく、幸福の在りようも違っていて当然だ。婚活を控える未婚者も、隣の芝生が気になる既婚者も、「ふつうの結婚」に縛られそうになったとき、本書で頭をほぐしてみてはいかがだろうか。