ちくま文庫

彼の名は〝騒動〟

『嫌ダッと言っても愛してやるさ!』書評

日本のパンクロックの元祖・遠藤ミチロウが最も愛した自著について、ミチロウさんをリスペクトする鶴見済さんに書評していただきました。

 学生だった頃、ライブや映画や芝居を見てはジリジリと苛立っていた。どれもこれも、クソつまらなかったからだ。自分の精神状態が悪すぎたせいかもしれない。後半あたりになると、座っていれば尻の痛さの、立っていれば足の疲れのことばかりが気になった。もっとこちらに飛び出してくるもの、自分の身に危険が及ぶようなものが欲しかった。
 ここで遠藤ミチロウが八〇年代前半のザ・スターリン時代に、ステージから豚の臓物を投げた話をしたいわけではない。それもまた散々語られすぎていて、退屈な話にすぎないからだ。
 言いたいのは、ザ・スターリンの曲中に出てくる、膨大な数の「おまえ」という言葉のことだ。「おまえの番だ」「おまえらの貧しさに」「吐き気がするほどロマンチックだぜ お前は!」「天プラ おまえだ カラッポ!」。もちろん「おまえ」は、聴いている者や客に向かって言っているのだ。パンクの曲ではよくあることだったが、こんなに聴き手を罵倒したのはザ・スターリンくらいだった。だからこそライブでは客も、ステージに唾を吐き返したのかもしれない。
 遠藤ミチロウの歌詞は、こちらに向かって飛び出してきて刺さった。もやもやしていた自分の怒りは、ここに明確な形を得て焦点を結び、苦痛が和らいだ。
 ザ・スターリン解散後の曲には、「おまえ」はあまり出てこなくなった。音楽としても様々な変遷を重ねた。ディスコ調になったり、またパンクっぽくなったり、そして長いアコースティック期を経て、最後には音頭になっていた。今振り返られるのは、ザ・スターリン時代の曲ばかりだ。
 それでも小さな会場のアコースティックのライブでは、曲を静かに歌い出して、サビの部分で突然声を張り上げ、客をびっくりさせて、「これが歌の力です」と言っていたのを覚えている。被災地に行っても、社会運動系のライブでもザ・スターリンの物騒な曲を歌っていた。顔のおどろおどろしいメイクも最後までやめなかった。
 主にザ・スターリン時代の文章を集めたこのエッセイ集を読み始めると、その汚い言葉の連発やふざけた書き方にハラハラする。ローリング・ストーンズの歌詞「俺の名は〝騒動〟」を称賛するあたりに、彼の意図が透けて見えるようだ。
 けれども彼は決してそういう人物ではない。本書にもジャックス論、そして吉本隆明との対談など、本来の知的な面が出ているものもある。自分が対談をさせてもらった時も、年下の自分に敬語で話してくれた。
 彼はわざと「騒動」をやっているのだ。きれいに大人しく収まるのを嫌っている。そういうものはどんなに内容が優れていても、何かの力が欠けているのを知っているのだ。
 本書に収録された彼の後期までの歌詞や詩を見てもわかるとおり、一貫していたのは何よりもその言葉だ。世の中から覆い隠されているものばかりを取り上げ続けた。暗い感情、性、排泄物、暴力性、心の醜さ、憎しみ、そういったものを歌に込めた。特に彼の全盛期だった八〇年代は、汚いものを隠してうわべだけを明るく、小奇麗に見せようと努めた時代だった。そんな風潮への反感が、さらにそれに拍車をかけたのだろう。
 もちろん本書も、ほぼ全編がその調子だと言っていい。むしろ文章のほうが歌詞よりも過剰にやっている。
 年を取ってくると、まわりも優等生的な分別臭い人間ばかりになってきて、自分もそろそろ大人しくしようかと思ってしまうものだ。そういうことは若い時にだけやることだと。けれども、意義のあることをなぜやめなければいけないのか。
 遠藤ミチロウはやめなかった。「こんな会場では優等生っぽくまとめておけばいいのに」と思う場面でも、やはりどぎつい歌詞を客にぶつけていた。そして、そうし続けてもやはり受け入れられることを証明して死んだ。年を取ってからの理想的な生き方まで見せてくれるミュージシャンは滅多にいない。
 彼が死んで、自分にとって彼以上に追悼すべき誰かがいないことに気づいた。

 

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