PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

祖母の旅立ち

不思議な話・3

PR誌「ちくま」10月号よりマーサ・ナカムラさんのエッセイを掲載します。

 祖母が亡くなった翌日の朝、二階にある子ども部屋を出て一階に降りると、台所から食器を洗う音が聞こえる。戸を開けると、食器を洗う母の姿を、脇に立って見つめる祖母の背中があった。
「おばあちゃん、死んだんじゃなかったの」。思わず大きな声が出た。
 祖母は私の声を聞くなりキッチン台に顔を突っ伏して、丸く大きな肩を上下に震わせながら笑いを堪えている。私は祖母の顔を覗き込もうとした。祖母は顔を両手で覆い隠し、笑い声をかみ殺している。
 宮城県気仙沼市に住んでいた祖母だった。数年に一度、東北新幹線に乗って、娘である母と孫の兄と私に会うため埼玉県まではるばるやってきた。私の部屋に飾られた、緋色の振り袖を着た市松人形を眺めながら「死んだらここさ入っかな」とよく冗談を言っていた。その言葉は半分冗談で、半分本気であることを感じとった私は、「大切な市松人形の中におばあちゃんが住んだら嫌だな」と思いながら曖昧に笑っていた。
 そんな祖母が、死んだ翌日に平然と埼玉県の家にいたのだ。まるで女学生のように顔を突っ伏して笑う祖母を見て、私も純粋なおかしみから腹を抱えて涙が出る程笑った。
「ねえ、おばあちゃんが家にいるんだけど」。リビングで朝食を待っていた父と兄に声をかけると、ええ、と意外そうな声を出しながら二人とも笑っていた。祖母は台所からリビングまで小走りでやってくると、やはりテーブルに顔を突っ伏して笑った。私が笑いで息も絶え絶えになりながら父と兄に祖母を見つけた経緯を話していると、いつの間にか祖母はリビングを出ていた。トイレのドアを閉める音が聞こえた。

 一日限りで、きっともう祖母は現れないだろうと思っていたが、翌朝も、台所に立つ母を祖母が眺めていた。母はフライパンで目玉焼きを作っていた。そっとしておけばいいのに、私は祖母の姿を見つけると、話しかけずにはいられなかった。話をするために顔を見ようとすると、祖母は顔を背けたり人の影に隠れたりする。元々、聞き手を疲れさせる程に話し好きな祖母であるのに、顔を見せようともしなければ声も発しないのだった。
 そんな日々が一ヶ月程続いた。時々家の中で姿を見かけない日もあったが、二日たてばまた家の中でうろうろしていた。
 ある朝、玄関の扉を開ける音がした。リビングを飛び出し、玄関まで走って行くと、まさに祖母が家を出ていこうとしているところだった。白のブラウスに黒のズボンを穿いていた。
 私は裸足のまま玄関に降りて、祖母の腕を掴んだ。これで最後なのだと思い、祖母の顔を見ようとしたが、まるで黒い布をかけているかのように顔が見えない。ふと、死者の顔を見たら私も死ぬのだと直感した。
「死んでもいいから、最後に顔が見たい」
 泣きながらそう言うと、祖母のふっと笑った暗い口元が見えた。それから、祖母は家を出ていってしまった。門を出る前に祖母の姿は見えなくなった。
 再び祖母が現れることはなかった。祖母が家にいたのは大体四十日くらいで、四十九日とは本当にあるのだなと思った。
 台所に立つ母をどんな顔で祖母が眺めていたのか、今でも思い馳せている。
 

PR誌「ちくま」10月号

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