ちくま新書

大戦争は決して歴史の彼方になど過ぎ去っていなかった
『ウクライナ戦争』はじめに

2022年2月に始まり、今なお続く「ウクライナ戦争」。数多くのメディアに出演し、抜群の人気と信頼を誇る小泉悠さんが、その全貌を伝える待望の書き下ろし『ウクライナ戦争』。「はじめに」の一部を公開いたします。

†「世界の終わり」を待っていた場所で
「おーい、その日本人こっちによこせ!」
 土産物屋の前に立っている男が叫ぶと、ヨレヨレの軍服を着た別の男が怒鳴り返した。
「こっちが先だ!」
 ペルヴォマイスクにあるウクライナ国防省付属戦略ロケット軍博物館での一コマである。かつての大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射基地兼司令部を丸ごと博物館に改装したという施設で、事前申し込みは必要だが、今では誰でも見学することができる。2019年6月のこの日、筆者はウクライナ軍事博物館ツアーの解説者役としてこの博物館を十数人の日本人とともに訪れていた。
 それにしてものどかな場所だ。ウクライナのちょうど中央部あたりに位置するペルヴォマイスクは初夏を迎えており、あたりには紫色のラベンダーが咲き乱れている。かつて、この基地の地下に10発の大威力核弾頭を備えた巨大ミサイルが配備され、息を潜めて世界の終わりを待っていたとは到底信じられなかった。
 さらに言えば、博物館の職員たちもどうにもユルい。
 職員といってもただの管理人ではなく、ソ連時代には実際にICBMを運用していたラケーチク(ミサイル部隊隊員)たちだ。だが、第三次世界大戦を戦うという悪夢のような任務から解放された今、主な仕事は見学者相手に基地の歴史を解説することや設備の保守を行うことくらいになっている。そして、筆者の目の前にいる男……先ほど「こっちが先だ!」と怒鳴った男は、この博物館の館長、というか司令官であった。
「これは基地のエンブレムが入ったマグカップ、これは記念メダルだ」
 机の上に、彼は様々な品物を並べている。「ちょっと来い」と個室に招き入れられたときは何事かと身構えたが、なんのことはない、これらの記念品を日本人観光客に売りつけようというのだった。値段はどれも日本円にして数百円程度。これが博物館の運営費になるのか、司令官のポケットマネーになるのかは判然としないが(おそらく後者なのだろう)、なんともささやかな商売である。
「この博物館についての資料はありませんか」
 筆者が尋ねると、司令官は「あるよ」といって机の引き出しから薄いパンフレットを取り出した。質の悪い一枚紙を三つ折にしたもの。詳細な図録を期待していた筆者としてはアテが外れたが、結局はマグカップと一緒にそれを買って司令官の部屋を出た。
 待ち構えていたのは、先ほどの土産物屋の男である。こちらは軍人なのかどうかわからなかったが、愛想はいい。
「これはソ連軍のガスマスク、本物だぞ。毛皮の帽子もある。皮の地図カバンは? あんたなんでロシア語喋るんだ? えっ、奥さんがロシア人。名前は? そうか。子供はいるのか? マラジェーツ(えらいぞ)! 女の子? 名前は?」
 もちろん、博物館の仕事は土産物を売りつけることではない。かつてのICBM基地を負の歴史遺産として保存することがこの博物館に与えられた使命である。
 元ラケーチクの職員に伴われて小さな(本当に小さな)エレベーターで地下に降りると、そこにはICBMの発射管制装置があった。元ラケーチクが手慣れた様子で電源を入れると、灰色に塗られた金属の制御板に並ぶプラスチック製のボタンや表示盤に明かりが灯った。
「やってみよう、これが発射ボタンだ。3、2、1で押してください。3、2、1、発射!」
 もちろん、ミサイルが飛び出すことはない。この発射管制室から少し離れた場所にある地下発射管からは既にミサイルは取り払われており、その周囲におよそ10㎞の間隔で並んでいた同様の発射管は米露の軍縮条約に従って全て破壊されている。博物館は文字通り博物館としての機能しか果たしていない。

†舞い戻ってきた大戦争
 21世紀の世界は、このようなものであるはずだった。ラケーチクたちは世界の終わりを待つことをやめて、外国人の観光客にマグカップや用済みのガスマスクを売りつける。戦争がなくなったわけではないが、それは国家とテロ組織による非対称戦争であり、激しい総力戦はもう起こらない。巨大な軍隊同士が激しい会戦を行ったり、国民を総動員するような大戦争は歴史の教科書の中だけの出来事になる―このように考えていたのは筆者ばかりではなかった。
 英陸軍の戦車将校であり、のちに欧州連合軍副司令官を務めたルパート・スミスは、著書『軍事力の効用』を「もはや戦争は存在しない」という挑発的な一言から書き起こした。
 スミスによれば、「多くの一般市民が経験的に知っている戦争、戦場で交戦国双方の兵士と兵器によって戦われる戦争、国際的な状況下の紛争に決着をつける大がかりな勝負としての戦争、このような戦争はもはや存在しない」(Smith, 2005)。核兵器の登場や国際秩序の変化によって、国家間の大戦争はもはや過去のものとなったというのである。
 大規模な国家間戦争はもはやあり得ず、戦争は国家対非国家主体による「非対称戦争」とか、非軍事的手段を駆使する「戦争に見えない戦争」へと変容していくだろうという議論は、スミスに限らず、冷戦終結後の30年間で幾度となく唱えられてきた。原子力空母もF-35戦闘機も役立たずであり、それよりも対テロ戦争のために特殊部隊を大増強すべきだと主張するショーン・マクフェイト(米国防大学教授)の議論などはその最新バージョンと言えるだろう(McFate, 2019)。
          *
 しかし、2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵略は、こうした未来予測からは大きく逸脱するものであった。
 本書で見ていくように、今回の戦争は第二次世界大戦後には数えるほどしか起きてこなかった大規模戦争であり、特に21世紀に入ってからは最大規模のものである。さらに本書の脱稿直前、ロシアのウラジミール・プーチン大統領は部分動員令を発令し、第一次動員だけで30万人もの市民が軍に召集されることになった。最終的な動員規模は100万人に及ぶとの見方もあるが、いずれにしてもロシアがこれだけ大規模な動員を行うのは第二次世界大戦以来のことである。
 この戦争の「大きさ」は現在進行中の諸紛争との比較においても確認できる。世界の軍事紛争に関する情報を収集・分析している「紛争ロケーション・事態データプロジェクト(ACLED)」によると、2022年2月から9月末までに発生した戦闘は世界全体で1万8061回であり、このうちウクライナでの戦闘発生回数は3170回と世界最多であった。つまり、全世界で起きている戦闘の約6分の1がウクライナに集中していることになる。しかも、ACLEDのデータには麻薬組織などが引き起こしたものも含まれるから、国家間戦争という括りで見た場合の比率はさらに高まる。

†本書の問いと構成
 結局のところ、大戦争は決して歴史の彼方になど過ぎ去っていなかった、というのが今回の戦争の教えるところであろう。テクノロジーの進化や社会の変化によって闘争の方法は様々に「拡張」していく。だが、それは大規模な軍隊同士の暴力闘争という、最も古典的な闘争形態が消えて無くなることを意味していたわけではなかった。
 では、これだけの大戦争が何故起きてしまったのか。それは本質的にどのような戦争であるのか。戦場では何が起きており、日本を含めた今後の世界にどのような影響を及ぼすのか―これらが本書における問いである。
 そこで本書は、次のように展開することにした。
 まず第1章〜第2章は、今回の戦争に先立つ1年間に焦点を当て、戦争への道がどのように展開していったのかを描き出す。この過程において決定的な役割を果たしたのはロシアである。特にロシアのプーチン大統領は開戦前の2021年7月頃からウクライナに対する民族主義的野望をあからさまな形で示すようになっており、その直後から戦争準備が加速していった。一方、ウクライナ側もロシアに対しては相応の強硬姿勢は取ったが、それが戦争の根本的な原因ではない、という図式をここでは提示している。
 第3章〜第4章は、2022年2月24 日の開戦から本書脱稿時点(2022年9月末)に至るまでの7カ月間を対象として、戦況がどのように推移していったのか、そこで鍵を握った要素は何であったのかを概観する。甘い見通しに基づいたロシアの作戦計画とその破綻、これに続く激しい戦争、欧米とロシアの相互抑止などを中心として議論を展開するが、現在進行形の出来事を横目で見ながら執筆したために、刊行までに大きく事態が変化している部分、のちに明らかになった事実などが抜け落ちている可能性があることはあらかじめお断り申し上げておきたい。
 第5章では、少し角度を変えて考察を展開する。筆者は2021年に冷戦後のロシアにおける軍事理論を扱った『現代ロシアの軍事戦略』を上梓した。ロシアが大規模な戦争をどのように遂行しようとしているのかがその中心的なテーマであったが、あくまでも可能性の問題であったものが、今次の戦争では現実となった。
 では、実際にロシアの戦争遂行は理論的に見てどのように理解できるのか、理論の中の何が実現し、何が実現しなかったのかなどがここでの中心的な検討対象であり、結論としてはテクノロジーや非軍事的手段を用いた革新的な闘争方法というよりも兵力と火力を中心とした非常に古典的な戦争として理解できるということを論じている。
 また、第5章では、この戦争の原因についても論じた。その結論は第1〜2章に関して述べたとおりである。すなわち、プーチンのいう「ウクライナはネオナチ思想に毒されている」といった主張には客観的な根拠がなく、NATO拡大が差し迫っていたわけでも、ロシアの安全が顕著に脅かされていたわけでもない。したがって、より民族主義的な「プーチンの野望」とでもいったものを仮定しないことにはロシアの戦争動機は説明がつかないのではないか。ただ、そのように仮定してもロシアのウクライナ侵略が何故、2022年2月24日でなければならなかったのかは説明できない、ということも併せて論じた。

 
 

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