PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

お金
溶けるものと溶けないもの・1

PR誌「ちくま」5月号より劇作家・兼島拓也さんのエッセイを掲載します。

 執筆が深夜にまで及んでしまったとき、息抜きも兼ねて近くのコンビニまで散歩をすることがよくある。飲み物やスナック菓子を購入し、帰り道につまみながら歩く。その時間が好きだ。
 ときどき、ちょっとした贅沢でアイスを追加で買ったりなんてこともあるのだが、でもわたしはすこしばかり不満がある。その店の品揃えに。チョコ系に偏りすぎじゃない? しかも濃厚なやつ。もうちょっとあっさりしたのとか、柑橘系とかソーダ系とか、その辺もうちょっとバランス良く発注しといてもらえません?
 それなら他の店舗やスーパーなどに行けばいいじゃないかというご意見もあるだろうが、アイスが食べたくなるのは執筆に疲れた深夜のコンビニ、と相場が決まっている。つまりその店が品揃えを改善してくれなければわたしのアイスライフは輝かないまま。QOLは上向かないまま。そんなのはいやだ。
 いろいろ要望はあるが、まず仕入れておいて欲しいのは「それいけ!アンパンマンアイスバー」(以後「アンパンマンアイス」と呼ぶ)というアイスキャンディー。爽やかなミルク味アイスの中にチョコソースが入っていて、そのバランスがちょうどいい。毎回行くたびに今日こそは、とうっすら期待しているのだが、それが叶ったことはない。
 ちなみにこのアンパンマンアイス、沖縄明治乳業が製造・販売している沖縄限定商品だ。もっともわたしは数年前までそのことを知らなかった。
 先日、別のコンビニに立ち寄った際、ふとアイスケースを覗くとアンパンマンアイスが陳列されている。
 お! これは、買わなきゃいけないんじゃないか。近くのコンビニにアンパンマンアイスを発注しろと要請している手前(してないけど)、これを素通りするわけにはいかないのではないか。商品に手を伸ばしたが、すんでのところで制止する。なんと、値上がりしてる。80円(税別)。
 え、うそ……。買えないじゃん(買えるけど)……。
 途端に中学時代のことを思い出す。野球部に所属していたわたしは、毎日部活終わりに練習着のまま近所のパーラー(といってもパチンコ屋ではない。沖縄でパーラーといった場合、駄菓子屋と食堂を足して割ったような店のことをいう)に立ち寄って、アンパンマンアイスと50円玉を交換し、食べながら帰った。至福の時間だった。
 あんなに親しんでいた商品に、いまでは手が出せない。たかだか80円、なのではない。たった30円差、なのではない。1・6倍になっているのだ。このまま購入すると、なんか、現代社会に屈したような気になってしまう。
 そんな脳内葛藤を繰り返しているうちに、3分ほど時間が経過していた。コンビニでの3分は長い。あんなに人の流れの速い空間で、3分間も立ち尽くすというのは異様で、きっと店員さんも警戒している。レジの向こうでカラーボールを握っている。
 慌ててアンパンマンアイスの隣に並ぶ「ポーラベアー」(これも沖縄限定)を取り出し、レジに持っていく。151円(税別)……。うん。とても美味しかった。

PR誌「ちくま」5月号