PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

バンドマンの妻であるということ
3Bとは付き合ってはいけない!?・1

PR誌「ちくま」11月号よりトミヤマユキコさんのエッセイを掲載します。

「付き合ってはいけない3B」をご存じだろうか。グーグルの検索窓に「つきあって」くらいまで入力すると候補として挙がってくる程度には有名な言葉だが、つまり「女の人が3Bと恋愛するとロクなことないですよ」という意味である。
 3つのBは「美容師」「バーテンダー」「バンドマン」の頭文字を指している(美容師だけ日本語なのが滑稽だ)。どれも華やかな仕事だが、それゆえ浮気される可能性が高く、危ないからやめておけということらしい。バンドマンに至っては、ナルシスティックに将来の夢を語りがちだとか言われて(例:音楽でこの世界を変えてやる)、3Bの中でもとりわけ地位が低い。
 そしてわたしは付き合ってはいけない3Bと付き合うどころか、結婚してしまった女である。おかもっちゃん(夫)は、SCOOBIE DOというバンドで二十一年もドラムを叩いており、ちなみにアフロヘアである。どうですか、混じりっけなしのバンドマンでしょう。
 結婚生活は順調だが、3Bの噂があるせいで、ちょっと引かれることがある。そんな人と結婚して大丈夫なのか。生活していけるのか。わたしたちの結婚が負ける確率の高いギャンブルにしか思えない人というのは、一定数いる。常識的で堅実な「いい人」ほど、不安そうにこちらを見つめる。
 しかし、勤務先の大学において、その反応は正反対である。結婚がまだそこまでリアルなものではない学生たちは、不安そうにわたしを見たりしない。むしろ授業の感想を書くためのコメントシートに「すごい! どうやったらバンドマンと付き合えるんですか?」「どこに行けば知り合えますか? やっぱライブハウス?」といった質問を熱心に書いてよこす……わたしの講義なんか聞いちゃいない。危ないと言われているはずなのに、3Bの恋人志願者がわらわら出てくる。
 勝手なイメージで否定されたり肯定されたりと、バンドマンの妻は忙しい。こんなにも反応に振り幅があるのだということを、誰も教えてくれなかった。でも、それも仕方のないことである。多くのバンドマンは、ファンの夢を守る等の理由から結婚を公表しないので、妻たちの実態は世間と共有されない。仮に公表したとしても、やはりファンが傷つくのを最小限におさえるため、結婚生活について明らかにしないことが多い。
 つまりバンドマンの妻たちは、実在しているにもかかわらず「よくわからない存在」とみなされる運命にある。まるで珍獣だ。
 そうした運命によって自らもまた珍獣となったわたしだが、音楽で世界を変えると言い、酒に溺れ、女にだらしないバンドマンにはまだ会えていない。だいたい、おかもっちゃんの入っている草野球チームには、バンドマンも美容師もバーテンダーもいて、「3B全員揃い踏み」みたいなメンバー構成なのに、全員朝の六時とかに起きて野球をやっているのである。健康優良児としか言いようがない。むしろ、夜遊びが好きで、朝が苦手で、昼からでも飲みに行きたいのは、わたしの方。これはおかしなことになった。
 世間のイメージ通りの3Bはどこにいるのか。そのイメージに振り回され生きる者として、いつか居場所を突き止めねばと思っている。

(とみやま・ゆきこ ライター)

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