PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

ビヨンセの“レモネード”

トランプ後のアメリカ音楽・3

PR誌「ちくま」4月号より大和田俊之さんのエッセイを掲載します

 二月十二日、ロサンゼルスのステイプルズ・センターで第五十九回グラミー賞授賞式が開催された。ここ数年、ブラック・ライヴズ・マターの運動の高まりとともにミュージシャンのパフォーマンスも政治色を強める傾向があり、──昨年の授賞式ではケンドリック・ラマーが牢獄を思わせるセットで鎖に繋がれて登場した──トランプ政権誕生後、初めての音楽祭ということで出演者の反応に関心が集まった。
 もっとも「過激」だったのは、八年ぶりのアルバムが話題のヒップホップグループ、ア・トライブ・コールド・クエストと新鋭アンダーソン・パークが共演したステージだろう。トランプ大統領をベトナム戦争時の枯葉剤とその肌の色にかけて「オレンジ剤」と呼び、最後にQティップが拳を突き上げて「抵抗しろ!」と叫ぶステージは、今年の授賞式の中でも際立って政治的に帯電した(politically charged)瞬間として大きな話題になった。
 だが個人的に印象に残ったのは、一見したところ政治とは無関係のビヨンセのパフォーマンスである。妊婦であることを隠さず、黄色い衣装に身を包んだ彼女は、先端的な映像技術を駆使しながら最新作『レモネード』から二曲を披露した。
 このアルバムのテーマは「女性の自覚(self-knowledge)と、それに伴う癒し」である。不貞行為をされた女性の心情とアフリカ系アメリカ人女性の苦難の歴史が重ねられ、公私の領域が互いに侵されてゆく。同時にリリースされたヴィジュアル・アルバムは「直観」、「否定」、「怒り」など女性の感情を示す十一の章で構成され、その合間にソマリ系イギリス人詩人ワーサン・シャイアの詩を引用したビヨンセのスポークン・ワードが挿入されている。
 当日歌われた「ラヴ・ドラウト」と「サンドキャッスル」は、傷つき、打ちのめされた女性が自分を取り戻し、ほとんど宗教的ともいえる次元で許しの感情に至る、アルバムの重要な転換点に位置付けられる曲である。ヴィジュアル・アルバムのスポークン・ワードも取り入れたビヨンセの堂々たるパフォーマンスは、ある種の荘厳さを漂わせていたといえるだろう。
 注目すべきは、裏切られた女性の心情を表現するスポークン・ワードの中に、現在のアメリカに対するメッセージと受け取れる言葉がいくつもあった点である。
 たとえば、不貞を働いた相手の母親を指して“And woman like her, cannot be contained”という一節が語られるが、「女性を封じこめることはできない」という言葉は、トランプ当選後の一月二十一日に世界中で起きた「女性のマーチ」を否応なく喚起する。また「あなたはなぜ愛を恐れるの?」という男への問い掛けも、人種や民族に対するヘイトを政策の中心に据えるトランプ政権への批判に聞こえなくもない。「サンドキャッスル」の最後に重ねられた「これで和解が可能になる」というボイスオーバーは、男女関係の修復以上に現在のアメリカの分断された状況を必然的に連想させるだろう。
 そもそも『レモネード』というタイトルは「もし人生でレモンを与えられたら、レモネードを作りなさい」ということわざに由来する。「レモン」という酸味=苦しみから「レモネード」という甘い飲み物を作る──グラミー賞のステージで、ビヨンセは〈困難な状況を乗り越える〉という女性の私的な経験に潜む政治的可能性を見事に表現したのである。

PR誌「ちくま」4月号

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