ちくま文庫

古城に秘められたロマンを追う

南條範夫『古城秘話』(ちくま文庫)へ寄せられた歴史小説家・伊東潤氏による解説を転載します。「南條氏の史伝はすべて読み、その上で自らも「史伝」三作を書いた」という伊東氏が、本書の魅力を解き明かします。

 空前のお城ブームである。二〇一六年から開催されている「お城EXPO」には、会期三日で二万人前後のお城数寄が集まり、今までは見向きもされなかった僻地の山城が、土日となると多くのマニアで賑わっている。
 実は、私も無類の城数寄である。これまで全国六〇〇以上の城を訪れ(再訪を含めると一〇〇〇近い)、様々な角度から城というものを見てきた。もちろん、本書に登場する城の大半に行ったことがある。
 こうしたお城ブームを見越していたとは思えないが、南條範夫氏の『古城秘話』は昭和六〇年(一九八五)に初版が刊行されている。城イコール天守だと思っている人が大半の当時としては、画期的なことである。
 南條氏は「あとがき」で「私は古い城址を見て歩くのが好きである」と書いているように、お城数寄の草分けと呼んでいいだろう。
 また同じ「あとがき」では「(古城が)尽きせぬ感慨を喚び起こす」とも仰せなので、現在、増加の一途をたどっているお城数寄と同じように、そこに中世を生きた人々の息吹を感じていたのかもしれない。
 そんな南條氏が、古城にまつわる説話や伝承を収集し、小説家ならではの解説や会話文などを駆使して紹介したのが本書である。
 内容に入る前に、本書の位置付けに触れておこう。
 南條氏は一九五〇年代から六〇年代にかけて、いわゆる「残酷物」で一世を風靡した小説家である。代表作は『武士道残酷物語』(一九五九)や『被虐の系譜』(一九六三)などで、そのキャリアには、物騒なタイトルの作品が並んでいる。だがその筆致はどうかというと、意外におどろおどろしさはなく、どのように感情が激する場面でも冷静さを失わず、淡々としたものが多い。
 本業が経済学の大学教授であり、趣味で書いていた小説執筆が高じてプロ作家になったという南條氏の経歴からすれば、外科医のようにクールな作風は当然なのかもしれない。
南條氏の大半の作品は小説、すなわちフィクションだが、本作のような史実・説話・伝承に基づいた作品がある。こうしたものは、史伝と呼ばれるジャンルに分類される。
 史伝とは「歴史上の事実に基づいて書かれた伝記」のことで、今で言えば歴史ノンフィクションのことだが、その対象は人物だけでなく(人物の場合は評伝という)、特定の事件もあり、史実や定説を物語風に書いていくことにより、多くの読者に歴史への興味をかきたてる効果がある。つまり史伝は、物語によって歴史の面白さを知った読者の興味を史実の世界へと誘うブリッジの役割を果たしていたのだ。
 ここで「いたのだ」と過去形で書いたのは、明治後半から大正にかけて全盛期だった史伝というジャンルが戦後昭和には衰退を始め、平成に入ってからは歴史研究本の隆盛によって消滅しかかっているからだ。
 この史伝という分野には、歴史の流れを時系列に書き綴るオーソドックスなものと、人、事件、物(本作の場合は城)をテーマにし、一編ずつが独立している列伝スタイルのものがある。
 この列伝の名手が本書の著者である南條氏であり、また同時代を生きた小説家の海音寺潮五郎氏である。また松本清張氏の代表作の一つである『昭和史発掘』も、この分野に含まれるだろう。
 海音寺氏には史伝文学を復興させたいという望みがあり、『武将列伝』や『悪人列伝』などの名作と呼ばれる史伝を執筆した。
 南條氏も海音寺氏に劣らぬ「史伝の名手」であり、本書や『大名廃絶録』『武家盛衰記』といった名作を残している。
 個人的な好みからすると、海音寺氏の講談調の語り口よりも、南條氏の研究家風のクールな語り口が好きなのだが、本書ではそうした鋭鋒を抑え気味にし、古城にまつわる説話や伝承を小説調の会話を交えて記しており、それが無類の面白さを醸し出している。
 一つだけ付け加えると、本書は南條氏も「あとがき」で述べているように、「古城にまつわる秘話裏話伝説記録などを、とりどりに選んで集めてみた」ものなので、中には明らかに史実から逸脱しているものもある。だが、こうした「秘話裏話伝説記録」といった類のものこそ、当時の空気をうまく伝えているのだ。
 それでは内容に入っていこう。
 まず本書は三〇の城にまつわる説話や伝承と、「附 江戸城論」として『戦わざる巨城』という論考が追加されている。初出が雑誌連載ということもあり、一編は文庫本で七ページと短いが、どれもさらに詳しく知りたいと思わせるものばかりなのは、南條氏の筆力の成せる業だろう。
 掲載順序は南の城(鹿児島城)から北の城(松前城)へという形を取っており、全国の城を網羅的に取り上げようとしている。
 それぞれの城の話も多彩で、まさに諸国のストーリーテラーが、その腕を競い合っている感がある。むろんこうした説話や伝承を、一流作家の解説や会話文を交えて読めるところに史伝の面白さがある。
 まずオープニングの『鹿児島城の隠密』から、読者は強烈な一撃をお見舞いされる。この逸話は実在のある有名人が隠密としても有能だったという話だが、ありがちな話の中にも、隠密という仕事の厳しさや悲哀が漂ってくるところが秀逸である。
 続く『熊本城の首かけ石』は城造りにかかわる復讐譚で、南條氏得意の残酷物的オチが利いている。
『原城の裏切者』は天草四郎をめぐる画家の妄執を描き、『佐賀城の亡霊』や『松江城の人柱』は怪異譚、『福山城の湯殿』は艶話といった具合でバラエティにも富んでいる。
とくにバカ殿の絡んだ話は多く、中でも『明石城の人斬り殿様』や『福井城の驕児』は、封建制の愚かさを如実に物語っている。
 南條氏は同じ列伝形式の史伝である『大名廃絶録』の冒頭でも、多くの文献を駆使して改易や減封に処された大名家を統計的に分析しているが、「無嗣絶家」に次いで多いのが「狂疾」だという。あまりの狂疾の多さに、南條氏は「一門親族や家臣のために政策的に狂疾と言うことにされてしまったものもあったと思われる」と書いている。そこまで行かなくても、父親の死や隠居によって若くして当主になることで、突然〝たが〟が外れ、やりたい放題やってしまったバカ殿がいたことも確かだろう。
 逸話の中には戦国時代のものもある。
『鳥取城の生地獄』は、「鳥取城の渇え殺し」として有名な籠城戦を題材に取った一編だが、南條氏の筆力によって、その凄惨さがいっそう際立つようになっている。
「陰暦の九月にはいって天候が急変し、寒い風が吹き出すと共に死者はますます増加したが、その肉は忽ちの中に処理され、城のここかしこに、髪の毛のべっとりついた髑髏や、雨に打たれて白くなった手足の骨などが散らばっていたが、それを見る人の目はうつろであった」
 鬼哭啾啾たる有様を描かせたら右に出る者のいないその筆致は、ここでも冴えわたっている。
 不条理と言えば『金沢城の鮮血』もひどい話で、人間の嫉妬という業の深さを嫌というほど見せつけてくれる。側室と密通しているという疑いを懸けられた武士が、殿様の命によって斬殺されるのは致し方ないとしても、側室とお付きの女中五人の目をくりぬいて城中を歩かせるところまで行くと、狂気の沙汰である。
『江戸城の白骨』はミステリアスな一編。関東大震災によって崩れた伏見櫓の下から出てきた八体の白骨が何を意味するのか。人柱だとしたら数が多すぎるし、築城の際の事故で死んだ者たちをまとめて埋葬したものだとしたら、伏見櫓の下というのも縁起が悪すぎる。
 研究家の意見としては、その地はかつて寺のあった場所で、埋葬されていたものに気づかず櫓を建てたのではないかという。だが将軍の城を建てるというのに、そんな簡単な調査をなおざりにするだろうか(基礎工事の時に絶対に分かるはず)。そこで南條氏が推理を働かせるのだが、それについては、本書を読んでのお楽しみとしたい。
『若松城の叛臣』は実際にあった事件だが、「会津四十万石に代えても自分を裏切った家臣を引き渡してほしい」と幕府に陳情する加藤明成(嘉明の息子)の執念には舌を巻く。しかも引き渡してもらった後の処刑法の残虐さは、同じ武士に対するものとは思えない。
『松前城の井戸』は、嫉妬に狂った藩主の妄執を描いた秀逸な話である。これなどは中編小説になるぐらいの悲哀に満ちた物語だが、南條氏は惜しげもなく列伝の一つとして紹介している。
 本作で取り上げられた一つひとつの逸話には、古くから各地に伝わってきた「秘話裏話伝説記録」の生命力の強さが感じられる。
 そして最後の「附 江戸城論」『戦わざる巨城』になるが、こちらは江戸城に関する当時の研究をまとめたものだ。しかし、小説家が書いたとは思えない極めて精緻な論考となっているので、当時から飛躍的に研究の進んだ現代にあっても、全く色あせていない。南條範夫恐るべしである。
 私事で恐縮だが、私も南條氏や海音寺氏の史伝を読みながら育った世代なので、列伝形式の史伝には、こだわりがある。それが高じて、私自身も『城を攻める 城を守る』(講談社現代新書)『敗者烈伝』(実業之日本社)『幕末雄藩列伝』(KADOKAWA)といった列伝形式の史伝を三作も発表している。
 これらの作品は、海音寺氏や南條氏の史伝をすべて読み、読者は何に惹きつけられ、また自分の独自性をどこに置くかを綿密に検討した上で筆を執った。
 歴史小説家による史伝の執筆は、今後も続いていくだろう。だが、本作の面白さを凌駕できる作品が出てくるかどうかは分からない。というのも「秘話裏話伝説記録」のいかがわしさや妖しさが、南條氏のクールな筆致によって料理されることで、独特の妙味を醸し出しているからだ。
 この作品集と出会った幸せを噛み締めつつ、一編一編を味わうように読んでいただきたい。

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