ちくま文庫

いまこそ再評価されるべきマンガ

ちくま文庫『アニマル・ファーム』解説

ジョージ・オーウェル「動物農場」を原作にした幻の名作。発表時の熱気を知る中条省平さんによる解説

 一九七〇年。この時期の「週刊少年マガジン」は、日本戦後マンガ史のひとつの頂点をきわめていました。
 梶原一揆・川崎のぼる『巨人の星』、さいとう・たかを『無用之介』、高森朝雄・ちばてつや『あしたのジョー』、山上たつひこ『光る風』、谷岡ヤスジ『ヤスジのメッタメタ ガキ道講座』、みなもと太郎『ホモホモ7』、ジョージ秋山『アシュラ』……。
 赤塚不二夫の『天才バカボン』だけはなぜかいきなり「マガジン」から「週刊少年サンデー」へと移籍して不在だったものの、これらの歴史的モニュメントともいうべき数々のマンガが、一九七〇年の「マガジン」にはほぼ同時に載っていたのです。当時、私は高校一年。ただただ面白がるばかりで、そのありがたみなどまったく分かっていませんでしたが、毎週毎週この奇跡的な事態に立ちあっていたわけです。いま考えると、目が眩むような思いがします。
 もうひとつ、一九七〇年の「マガジン」の創造力の豊かさをしめす事実として、横尾忠則がデザインした表紙があります。星飛雄馬、ジョー、鉄腕アトムといったマンガのヒーローだけでなく、東宝怪獣、ドラキュラ、歌川国貞の幽霊といった古今東西のアイコンたちを脱構築した尖鋭的なデザインで、マンガ雑誌「少年マガジン」を、日本で最もアバンギャルドな美術制作の現場に変えていたのです。
 石森章太郎[のちに石ノ森章太郎]の『アニマル・ファーム』が連載を開始した号も、ほかならぬ横尾忠則による桃太郎の赤鬼退治の絵が表紙になった一九七〇年八月二三日号だったのです。私の記憶では巻頭二色カラーでした。大いに期待して読みはじめたのですが、動物を擬人化した寓話で、はっきりいって肩すかしでした。なんだか子どもっぽいなと思ったのですが、「子ども」だったのは、当方の頭のほうだったのです。要するに、ジョージ・オーウェル原作、石森章太郎脚色・作画の『アニマル・ファーム』は、高校一年のガキには過ぎたる贈り物だったのです。
 そのことを端的に教えてくれたのは、それから二年後に書かれた開高健の文章でした。開高はこう書いています。
 「『動物農場[アニマル・ファーム]』はさりげない一句や一行の背後に厖大な、複雑怪奇をきわめた歴史の研究をかくした寓話である。読む人がこの主題にどれだけ関心、情熱、経験、学識、覚悟が、あるか、ないか。そのこと次第でどうにでも浅くなったり深くなったりする、容易ならざるおとぎ話である」(角川文庫版『動物農場』、「金の率直──オーウェル瞥見──」より、筑摩書房刊『今日は昨日の明日 ジョージ・オーウェルをめぐって』所収)
 高校生の私には、関心、経験、学識がからきしなかっただけでなく、情熱、ましてや覚悟などあろうはずもなかったのです。恥ずかしながらのちに補った知識で、『アニマル・ファーム』が執筆された状況をざっと解説するとこんなふうになります。
 原作者のジョージ・オーウェルはイギリスの作家・ジャーナリストで、三十三歳のおり、第二次世界大戦前の一九三六年末から、スペインに赴きます。スペイン共和政府と、フランコ将軍率いるファシズム軍の戦うスペイン内戦の実情を報道するためです。まもなくオーウェルは共和派市民軍に参加して実戦に入りますが、その過程で、スペイン共産党のデマ宣伝から暗殺に至る策謀をつぶさに目撃します。共産党員たちは、共和政府を助けると見せかけながら、じつはソ連の指導者スターリンに操られていたのです。スターリン主義者たちに立ちむかったオーウェルは、トロツキー主義者だとしてあやうく逮捕されそうになります。しかし、なんとかフランスに逃れ、祖国イギリスに帰りつきました。
 この経験でスターリン主義の恐怖を身をもって知ったオーウェルは、大戦中の一九四三年から四四年にかけて、スターリン主義を根源的に批判する意図で『アニマル・ファーム』という政治的寓話を書いたのです。
 つまり、この小説は、ロシア革命という平等をめざす政治改革が、スターリン主義という恐るべき独裁体制に変質したプロセスを描いているといえます。したがって、主な登場人物(動物?)も、元になったモデルを指摘することができます。農場主のジョウンズはロシア皇帝、動物たちに人間への反逆を説くメイジャーじいさんはレーニン、反乱の指導者となるナポレオンはスターリン、ナポレオンと対立するスノウボールはトロツキー、ナポレオンが育てて不満分子の威嚇に使う犬たちはソ連の秘密警察、ナポレオンの政策に付和雷同する羊たちは共産主義青年同盟といったぐあいです。
 もちろん、こうした歴史的事実の風刺にとどまりません。『アニマル・ファーム』は、人類の平等を実現しようとする革命だけでなく、理想をめざす宗教や民族主義の運動においても、ある派閥が権力を獲得し、反対勢力を排除しにかかった途端、それまでの理想が失墜して、暴力と腐敗にみちた独裁体制に堕してしまうという普遍的なドラマを説得力豊かに物語っています。
 石森章太郎が自分なりの『アニマル・ファーム』を作りだそうとしたのも、原作の普遍的なドラマを、マンガの直接的な衝迫力をもって当時の少年たちに伝えようという意図があったからでしょう。一九七〇年前後は、世界中で若者たちがあらゆる制度に異議申し立てをして、反逆している時代でした。だからこそ、石森はその理想をめざす反逆の結果がどれほど恐ろしいものになりうるかを、あえて時代の趨勢に抗して描きだしたのでしょう。大声で革命の理想を唱和する羊たちが、じつは独裁者の豚を支えてしまうという事態は、いつの時代にも起こりうることなのです。そんな真理を描く『アニマル・ファーム』をあえて少年誌でマンガ化した石森の姿勢には、創作者としての勇気を感じることができます。
 石森が『アニマル・ファーム』をマンガ化するにあたっては、作品冒頭で言及されているように、一九五四年にイギリスで作られた長篇アニメ『アニマル・ファーム』に刺激を受けたという事実があります。この作品は当時の英国アニメの総力を結集したといえる秀作ですが、結末には重大な改変が施されています。動物たちの良心派が独裁政権の腐敗に怒ってふたたび立ちあがり、ナポレオンを倒してしまうのです。これでは勧善懲悪のカタルシスは生じますが、オーウェルの原作の射程距離の遠大さは消えてしまいます。
 石森章太郎はあくまで原作の本質と苦渋にみちた味わいを保ちながら、持ち前の、完璧な遠景の画面、鮮やかな明暗法、鋭角的なアングル、見開き画面の迫力、各キャラクターの微妙な顔つきの変化、スピーディな戦闘場面、縦の構図における空間の深さ、大胆な効果線の活用、細緻かつドラマティックなコマ割り等々、それらを自在に駆使して、純粋な寓話をリアルなドラマへと作りなおしていきます。それはもう、日本戦後マンガのお手本というべきテクニックと話法の集大成なのです。石森版『アニマル・ファーム』はいまこそ再評価されるべきマンガです。

2018年11月15日更新

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中条 省平(ちゅうじょう しょうへい)

中条 省平

1954(昭和29)年、神奈川県生まれ。学習院大学文学部フランス語圏文化学科教授。フランス文学の飜訳のほか、映画評論、マンガ評論など幅広く活躍。

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