ちくま学芸文庫

世界の根源

「訳者あとがき」より

『身ぶりと言葉』で、人間と動物および社会の進化の本質に迫った20世紀の巨大な碩学ルロワ=グーラン。本書では、自身の学問的な半生回顧を皮切りにして、民族学・人類学・歴史学の方向性、博物館のありよう、言語・記号論・身体技法といったテーマを、美術史家クロード=アンリ・ロケを対談相手に、縦横無尽に論じる。中でも巨歩を記した先史芸術については、図像群の構成と位置関係についての統計的分析、抽象から写実表現への変遷など、始原の精神史の詳細にまで立ち入り、人類の文明へと大きなまなざしが注がれる。

 それにしても、いかなる天の配剤か、ルロワ=グーラン氏は言叢社版刊行から半年後の一九八六年二月に不帰の客となった。この訳書をパリの氏のもとに届けようとした矢先だった。享年七十四。この二十世紀フランスを代表する偉大な碩学の足跡は、本書で十全に披歴されているが、ここでは遅まきながらの追悼として、訳者の想い出を紹介しておきたい。
 一九八〇年頃のことと記憶しているが、当時訳者が所属していたフランス先史学会の大会が、同学会の本部が置かれていたパリ西郊サン゠ジェルマン゠アン=レの国立古代博物館(ルイ十四世の生誕城)で開かれた時のことである。ルロワ=グーラン氏の著作を引用して、ある発表者がおこなった洞窟壁画の記号論的分析を巡って、会場内は喧々諤々となっていっかな収拾がつかなかった。すると、訳者の前列に座っていた初老のどちらかといえば小柄な人物が、そっと人差し指をあげた。それにいち早く気づいた議長が指名する。「ムッシュー・ルロワ=グーラン、どうぞ!」。その声で、会場内に一瞬緊張が走り、たちまち水を打ったように静まり返った。一呼吸おいて力なく立ち上がった碩学は、異様なまでに張りつめた静寂を破るかのようにただ一言、こう言うのだった。「私はそこまで書いてはおりません」。発表者の狼狽ぶりはいささか気の毒なほどだったが、訳者にとってそれはまさに背筋が凍えるような光景であり、この碩学の存在の重さを語ってあまりある体験でもあった。
 それからどれほど経った頃か、訳者はコレージュ・ド・フランスでの氏の講筵に幾度か出席した。本書に語られているように、教室の前列は毎回熱心にノートをとる高齢の聴講生で埋まっていた。ある講義の際、氏は宿痾のために一方の手をゆらゆらさせながら、それでも他方の手で色チョークを器用に使い分け、黒板に洞窟壁画の動物像をものの見事に描いてみせた。その出来栄えにどこからともなく感嘆の声があがった ―― こうした氏のデッサン力は、二〇〇四年の出版になる『日本についての忘れられた頁』(Pages oubliées sur le Japon)に収載された、絵馬や人形などの夥しい数のスケッチにも遺憾なく発揮されている。氏が両利きだったことはあとで知ったが、これもまた氏の悠揚迫らぬ語り口や対象の背後までも見据えた比類のない洞察ともども、訳者の鮮烈な想い出として残っている。そこには病魔をものともせずにひたむきに学問と向き合い屹立する、稀有な碩学のまばゆいまでに堂々たる姿があった。
 パリ社会科学高等研究院の指導教授だったアンドレ・ヴァラニャックの意向もあって、訳者は残念ながらルロワ=グーラン氏から個人的な薫陶にあずかることができなかったが、こうして著作の翻訳を通してその謦咳に接することができたのは、訳者にとってまさに僥倖といえる。「解釈ではなく、解読を」。しかじかの文化的・歴史的事象を生態系、つまり諸要素の有機的な連関からアプローチするというこの研究手法は、ほかならぬ氏の洞窟壁画解読法や出土遺物分析法に多くを負っているからである。とはいえ、もとよりそれは氏の広大無辺な学問の一端でしかない。本書刊行を機に、わが国におけるルロワ=グーラン学がさらなる展開をみるようになれば、訳者としてこれにすぎる喜びはない。

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