ちくま新書

ネットのアンダーグラウンドを歩く
便利さの「負の側面」犯罪を直視する

PR誌「ちくま」に寄稿していただいた『ルポ 平成ネット犯罪』のエッセイを公開します。本書では、報道されるような大きな事件ばかりでなく、より身近なネット・トラブルやいじめも取り上げました。その理由は……

 NHKは今年1月、「平成ネット史(仮)」という番組を放送した。マイクロソフトがWindows95 を発売して以来、パソコンが急速に普及、インターネットの利用によって、大きく様変わりした平成という時代を振り返る番組だったが、負の側面であるネット犯罪は取り上げていなかった。
 平成もカウントダウンに入った29年10月、神奈川県座間市で損壊された男女9人の遺体が見つかった。この事件が報道されたとき、私は遠方にいて車中のラジオで第一報を聞いた。遺体損壊事件という言葉は耳に入っていたが、正直言うと、当初は気に留めなかった。数時間後、マスコミ関係者から、被害者は、白石隆浩容疑者とネットで知り合ったと聞く。私はネットと自殺に関連した書籍や記事を執筆してきたため、こうした事件について、新聞やテレビにコメントする機会が多い。その日からしばらく、テレビでコメントすることが多くなった。
 ネット犯罪は、サイバー世界のコミュニケーションの変遷とともに、事件のありようを変化させてきた。加害者と被害者には、どのようなコミュニケーションがあったのかを知りたいと思った。座間の事件は、いわば現時点の〝到達点〟と言える。そのため、過去を振り返る必要があった。
 座間の事件の概要から、まず私の頭に浮かんだのは、ネット心中だ。見ず知らずの人同士が自殺系サイトなどを通じて知り合い、集団自殺するもので、03年にその連鎖が社会問題となった。04年には、男女7人がネット心中で亡くなったが、私は、呼びかけ人の女性マリアと、心中の直前までやりとりをした。
 座間の事件の被害者と白石の接点は、自殺系サイトではなく、Twitterだった。ここにも「死にたい」と呟く人は多いが、自殺系サイトならおのずと共有される前提(自殺願望)が保証されていない。被害者たちは、どのようにして「首吊り士」(白石のハンドルネームのひとつ)と出会ったのか。
 立川拘置所にいる白石へのインタビューは本書の序章と第六章に書いたが、彼が言葉巧みに被害者を誘い出したことから、自殺の知識が豊富な人物か、自身も自殺願望があり自殺系のコミュニケーションを身につけているか、もしくは、ネット心中などのやりとりを経験したり、その方法を知っているのではないかと予想していた。しかし、本人から話を聞いて、白石が生粋のナンパ師、あるいはそれを演じられる人物だという印象を持った。
 出会い系サイトやSNS、自殺系サイトなどを舞台にしたネットナンパは、2000年代初頭から中盤にかけて全盛だった。取材したナンパ師は、「ネットに、死にたいと書き込む女性たちは話を聞いてほしいから、傾聴すれば信用させられる」と語っていたのを思い出す。本書で取り上げた、監禁王子事件でも、精神的に不安定な女性たちの話を傾聴し、家出させて実行に至る。
 ネット犯罪の背景には、厚労省や自治体が準備する相談窓口が、悩みを抱える人たちを取りこぼしている現状がある。電話相談の回線は常にパンク状態、相談したくてもできない。そんな中で、ネット上に、話を聞いてくれる個人ユーザーが出てくるのは不思議ではない。じっさい同じ悩みを抱えた者同士が支え合う場があったり、自身の悩みに寄り添ってくれる「重要な他者」と出会えたりもする。ネット犯罪を考えるには、生きづらさを抱える人たちの居場所を創出できるかが鍵となる。
 本書は事件を中心に書いているが、第三章や第四章では、より身近な問題を取り上げている。SNS全盛の今、ちょっとしたきっかけで誰もがネット・コミュニケーションの負の面と遭遇する。典型的なものが子どもたちのネット・トラブルやネットいじめだ。しかも、子どもたちのネット作法をよく知らない教員たちが不適切な生徒指導をすることで子どもを死に追いやることもある。
 行政も民間団体を介したSNS相談に乗り出しており、電話相談より敷居が低いので相談件数が多く、一定の効果はあるが、まだ十分とは言いがたい。犯罪者はそれ以上に、相談者に寄り添っている。座間の事件はこうした負の面を焦点化した。
(しぶい・てつや ジャーナリスト)

ちくま新書
ルポ 平成ネット犯罪
渋井哲也 著
 

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