ちくま学芸文庫

マーティン・ガードナー讃

『新版 自然界における左と右』(上下巻)「解説」

「鏡は左右を逆転させるのに上下を逆転させないのかなぜか?」といった素朴な疑問から「宇宙の左右非対称性」「時間の可逆性」「究極の理論とは何か」に至るまで、左と右をめぐる森羅万象について書かれたガードナーの代表作。本書には、多くの自然科学者だけではなく、ナボコフやジョイスといった文学者までが登場します。『不思議の国のアリス』の詳注版作者としても著名な本書の著者、マーティン・ガードナーとはいったいどんな人だったのか。英文学者の若島正氏による最上のガードナー案内をお届けします。

 初めにお断りしておくが、わたしの職業は小説読みであり、本書『自然界における左と右』の物理学的な内容に関してはまったくの門外漢である。その点については、新版および旧版の訳者の方々が書いておられるあとがきをお読みいただくことにして、そちらではあまり触れられていない、著者のマーティン・ガードナーとはどういう人なのか、彼はどういう仕事をしたのか、そして彼が書くものにはどんな特徴があるか、という点について、ここでは書いていきたい。
 まず、著者の略歴をごく簡単に整理しておこう。マーティン・ガードナーは一九一四年一〇月二一日に、オクラホマ州タルサで、三人兄妹の長男として生まれた。父親は地質学で博士号を持つ、石油採掘事業に携わっていた人間であり、母親は幼稚園で先生をしていた経験のある女性だった。ほんの幼い頃、ガードナーは母親が読み聞かせてくれた『オズの魔法使い』で文字を憶えた。彼が『オズ』のシリーズに生涯変わらない関心を持ち続けたのは、そうした幼少体験が原点になっている(その逆で、彼が『アリス』物のおもしろさを知ったのはずっと後になってからの話で、幼い頃には怖い本だと思っていたという)。
 当初、ガードナーは物理学者になりたいという希望を持っていたが、シカゴ大学に入学後、物理学から哲学に転向した。驚くべきことかもしれないが、大学に在籍していたあいだに受講した理系の授業は自然科学概説の一科目だけだったという。当時のシカゴ大学は、科目の履修がきわめて自由で、必修単位は自然科学、生物科学、社会科学、人文学のそれぞれ概説が合わせて四科目だけだった。単位取得とは関係なく、学生は好きな科目を受講することができた。どんな分野にも足を踏み入れることができる、こうした自由な雰囲気も、後のガードナーの下地を作ったと考えられる。
 大学を卒業後、彼はシカゴ大学の広報課に勤め、第二次大戦中は兵役で海軍に入隊した。除隊後すぐに、『エスクァイア』誌に投稿した短篇小説が掲載され、しばらくその雑誌で短篇作家として糊口をしのいでから、本格的に物書きになる決意をしてニューヨークに移り、隔月刊で出ていた『ハンプティ・ダンプティ』という子供向け雑誌の編集者になった。そこで勤務した八年のあいだに、『サイエンティフィック・アメリカン』誌に投稿した記事が掲載され、それがきっかけになって、同誌で「数学ゲーム」の常設欄を担当することになった。べつに数学ゲームが専門でもなかったガードナーは、記事を書くためにニューヨークじゅうの本屋をまわって、数学ゲーム関連の本を買い集めたという。わたしたちが知る「マーティン・ガードナー」は、このとき誕生したのである。
『サイエンティフィック・アメリカン』誌の名物になったガードナーの「数学ゲーム」欄は、一九五七年一月号から一九八〇年一二月号まで、二四年間の長きにわたって連載された。記事の総数は二八八本。このコラムを引き継いだのは、数多い愛読者の一人であり、一九七九年の著作『ゲーデル、エッシャー、バッハ――あるいは不思議の環』が大好評を博してピュリッツァー賞および全米図書賞を獲得した、ダグラス・ホフスタッターだった。なお、この「数学ゲーム」の連載すべてを集めたものが、『完全版マーティン・ガードナー数学ゲーム全集』全15巻として日本評論社から翻訳刊行が進行中である。
 ガードナーを有名にしたのはこの「数学ゲーム」の連載だったが、もうひとつ、彼の名を不朽のものにしているのは、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』に注釈をほどこした詳注版である。従来、子供のための読み物と思われていた『アリス』は、そこに隠されたジョークや言葉遊びが多く、注釈を付ける価値がある。ガードナーはこの企画をある編集者に提案し、『アリス』の愛読者であり彼が講義を聴講したこともある哲学者バートランド・ラッセルが適任者だと教えた。しかしラッセルが依頼を断ってきて、その編集者に「きみがやったらどうだい?」と言われ、ガードナーは自分でやることになったらしい。
 そうして一九六〇年に出版された『詳注アリス』(The Annotated Alice) は、六〇年代以降に世界中で巻き起こったアリス・ブームの先駆けになり、『アリス』が大学での教材として用いられるほどの内容を持った作品であることを認めさせた。そしてまた、この「詳注版」という形式の書物はこの『詳注アリス』からよく見られるようになり、ガードナー自身も『詳注スナーク狩り』(一九六二)、『詳注老水夫行』(一九六五)『詳注ブラウン神父の童心』(一九八七)などを著している。ガードナー以外にも、この時期にはウィリアム・S・ベアリング=グールドの『詳注シャーロック・ホームズ』(一九六七。『シャーロック・ホームズ全集』の題名で東京図書から邦訳出版)、アルフレッド・アペル・ジュニアの『詳注ロリータ』(一九七〇)があるが、いずれもガードナーの『詳注アリス』の存在なくしては考えられない。
『詳注アリス』は大きな反響を呼び、読者から多くの手紙が舞い込んだ。そこから生まれた新しい注釈を新たに加える作業を、彼は二〇一〇年に亡くなるまで続けた。出版からちょうど半世紀、まさしくこれがガードナーの生涯の仕事になった。そのあいだに、『増補版詳注アリス』(一九九〇)、『決定版詳注アリス』(一九九九)と二冊の増補改訂版が出て、さらには彼の死後、『不思議の国のアリス』の出版後一五〇周年となる二〇一五年に、記念豪華版が出版された。この豪華版は、『詳注アリス完全決定版』として亜紀書房から邦訳が出ている。
 ガードナーは、言ってみれば、昔気質の職人だった。彼が集めたデータは、読んだ本の中でこれはと思うような一節に出会うと、それを鋏で切り取り、3インチ✕5インチのカードに糊で貼り付けるという、原始的な作業によって作成された。いまならコピペが当たり前だが、彼は自称するとおり「鋏と糊」の人間だったのである。彼の仕事部屋に設置されたキャビネットに収められている、その膨大なカードが彼だけに意味のあるデータベースになった。切り取られた書籍には、スコット・フィッツジェラルド『偉大なギャツビー』の貴重な初版本まであったという。
 原稿はすべて手動のタイプライターによって書かれた。ワープロすら導入されなかった。やりとりもすべて手紙であり、電子メールも使わなかった。インターネットによる検索もめったに使わなかったらしい。講演やインタビューなどという人前に出ることを極度に嫌ったが、見知らぬ読者からの問い合わせにも労を惜しまず手紙を書いた。
 昔気質という部分は、彼の活動範囲にも表れている。その広範な活動のあり方を知るのに最適の本は、およそ半世紀にわたって大量に書きつづけたエッセイ群の中から選んだ、The Night Is Large: Collected Essays, 1938-1995 (一九九六)だろう(このタイトルは、ロード・ダンセイニの戯曲『神々の笑い』から採られていて、本書の最終章で最後の一文にも使われていることにご注目)。この選集は七部構成になっていて、そのそれぞれは「自然科学」「社会科学」「擬似科学」「数学」「芸術」「哲学」「宗教」と題されている。これを見ただけでも、「擬似科学」というパートだけはさておけば、人間のあらゆる知的な営みが網羅されているという印象を受けるのではないか。その意味で、彼は昔風の「ジェネラリスト」であった。ありとあらゆるジャンルの本を読み、そこで見つけたものを彼個人の思索の糧にするという姿勢を生涯貫き通した。知識および職業が高度に専門化していき、ジェネラリストがスペシャリストに駆逐されていくという現代社会の流れから見れば、ガードナーは奇跡的な存在のように映る。それぞれの分野の専門家たちから見れば、ガードナーの仕事は素人っぽく映ったに違いない。しかし、ガードナーは糧として得た知識を、個人的な喜びだけにとどめずに、さらに多くの人と分かち合うという仕事に誇りを持っていた。その点で、彼は真のプロフェッショナルなジェネラリストだったのである。そのように呼べる人は、この世の中で数少ない。
 ガードナーはアメリカで称揚される「セルフ‐メイド・マン」、すなわち腕一本で地位を築いた、叩き上げの人間だった。この点で、学界とは無縁でありながら、二〇世紀前半のアメリカの文壇で大物として鳴らした、批評家エドマンド・ウィルソンになぞらえる評もある。ガードナーはひたすら物書きであり続けた。「ひとつのことを理解するのにいちばんいい方法は、それについての本を書くことだ」と言っていたように、彼はある話題について書くときはまず文献を漁り、それを自分の頭で咀嚼しようとした。学者が書く啓蒙書というものは、しばしば上から目線になる。一般読者がどこでつまづくか、読んでいてどこに理解の困難さをおぼえるか、それがわからないからである。ガードナーの本にはそれがない。なぜなら、ガードナーは一般読者と同じ立場でその対象を理解しようとしているからである。わたしたちはガードナーと一緒に、扱われている領域を探索することができる。それは決して、険しい高山に登るような苦行ではない。ゆるやかな坂道をゆっくりと歩み、しばらく立ち止まっては、道端のあちらこちらに咲いている珍しい花に目をやりながら、気がついてみると想像もしなかったような眺望が眼下に開けている、そんな楽しい体験である。
 ガードナーの本は、他人の本からの引用あるいは紹介を集めた、パッチワークにすぎないという意見もあるかもしれない。実際、彼の「数学ゲーム」でも、彼のオリジナルな創作と呼べるものは数少ない。しかし、彼の関心領域の広さが如実に表れている、そのパッチワークの模様が独特であって、ガードナーの本はどれを読んでもすぐにガードナーとわかる。つまり、本そのものがガードナーの世界なのである。
 それは本書『自然界における左と右』を読み終えた読者にはすでに自明のことだろう。読者を思索へと導くための思考実験や練習問題が豊富に取り入れられていることも本書の特徴の一つだが、自然科学のみならず、すでに挙げた「芸術」「哲学」「宗教」といった人文学の領域に属する話題も頻繁に登場するのが大きな特徴で、たとえば第16章「生命の起源」では神をめぐる議論が展開される(ガードナーは無神論者ではなく、既成の宗教が唱える神とは別の「神」を信じていた)。そして、わたしのような小説読みにとっては嬉しいことに、『アリス』や『オズ』のシリーズというガードナーが愛してやまない作品群がここでも登場するし、推理小説やSFといった大衆小説のジャンルに属するものもしばしば言及され、さらにはウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』や『淡い焔』、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』に『フィネガンズ・ウェイク』まで出てくる。いずれも、ガードナーが愛読したものだと思っていただいて間違いない。
 本書が広く読まれた証拠として特筆すべきは、ウラジーミル・ナボコフとのやりとりだろう。本書の初版の第17章「第四次元」で、ガードナーはナボコフの『淡い焔』から詩の二行を引用して、注釈ではそれが詩人「ジョン・フランシス・シェイド」の作品から取ったものだとだけ書いて、『淡い焔』に登場する架空の詩人シェイドをあたかも実在する人物であるかのように扱い、さらに索引でもシェイドの名前だけを項目として挙げ、ナボコフの名前をわざと出さなかった(ただし、邦訳には索引が付いていない)。このガードナーの悪戯が、どうやらナボコフの目にとまったらしい。ナボコフは『淡い焔』の次に発表した大作『アーダ』の中で、逆にその個所を引用し、それが「架空の哲学者マーティン・ガーディナー」の『自然界における左と右』からの引用だとした。これはジョークをジョークで返したナボコフの悪戯であり、そのあたりの事情は本書の新版に付けられた注釈で説明されている。
 また、本書にも言及されている英国の詩人W・H・オーデンは、『自然界における左と右』を一九六五年のベスト本の一冊に選んだ。英国の小説家ジョン・ファウルズは、一九世紀ヴィクトリア朝と現代をつないだ代表作『フランス軍中尉の女』(一九六九)の中で、その最終章に当たる第61章の冒頭に、本書の第15章「生命の起源」から「進化とは単に偶然(無作為的な突然変異)が自然の法則とうまくかみ合ってはたらくということによって、よりよく生存に適した生命形態が創造されていく過程のことなのである」という一節を引用して、それをエピグラフとして置いた。さらに、シュルレアリスムの画家として有名なサルバドール・ダリは『自然界における左と右』の愛読者で、アメリカを訪れた機会にガードナーに面会を求めたほどだった。そのときダリはウルトラ・ヴァイオレットと自称する女優の卵を連れてきて、彼女の伝記を書いてほしいとガードナーにたのんだが、ガードナーは丁重に断ったという(後に彼女はアンディ・ウォーホルの愛人になった)。
 最後には、ジェイムズ・ジョイスに登場してもらおう。本書にも言及がある『フィネガンズ・ウェイク』には、「マーティン・ハルピン……アントリムの谷出の老庭師」(柳瀬尚紀訳)という一節がある。原文ではMartin Halpin, an old gardener from the Glens of Antrimだが、ここにはどういう偶然か、マーティンとガードナー(庭師)が一緒に出てきている(さらに付け加えると、AntrimはMartinのアナグラム)。さまざまな遊びのなかでもとりわけ言語遊戯を愛したマーティン・ガードナーは、この途方もない偶然をきっと喜んだに違いない。
 

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