ちくまプリマー新書

化石を追求するロマン……だけじゃない研究の現場をお届けします!
『古生物学者と40億年』より本文の一部を公開

地球や生命の歴史を明らかにすべく化石を手がかりに研究する古生物学は「ロマンあふれる」学問と思われがちだが、実際はわからないことだらけ。研究現場の苦悩も面白さも1冊につめこんだ『古生物学者と40億年』より本文の一部を公開します!

ロマンあふれる学問⁉

 化石と聞いて、みなさんはどのような印象をお持ちでしょうか? ダイナミックで迫力のある恐竜を、真っ先に思い浮かべる方が多いかもしれません。アノマロカリスやオパビニアなど、今生きている生き物とはまったく異なる姿かたちをしている不思議な古生物も人気がありそうです(図1-1)。もしくは、過酷なフィールドに出て黙々と化石発掘をしているようなシーンを連想した方もいるかもしれません。

(イラスト:たむらかずみ)

 個人的には、化石と聞くと恐竜をイメージする人が多いと思っていたのですが、必ずしもそうではないかもしれないことを示唆する興味深い調査結果が最近公表されました。それは、中学生を対象としたアンケート調査を実施した研究です。この研究の結果によると、「知っている化石の名前をできるだけ多く挙げてください」という質問に対する回答率で最も高かったのは、恐竜ではなくアンモナイトでした。どうやらフラッグシップ的存在の化石というのは、アンモナイトということになりそうです。恐竜の場合は認知度そのものは圧倒的ですが、それゆえ恐竜をモチーフにしたグッズやエンタメ作品なども多く、「キャラクター感」が強くて「化石感」が乏しいのかもしれません。

 そもそも、化石とは一体どのようなものなのでしょうか? 化石燃料という用語はよく耳にしますし、文脈によっては「古臭い」「時代遅れの」というネガティブなニュアンスで使用されることもあります。このように、日常生活の中でも知らず知らずのうちに使っている用語ですが、きちんと学術的にその定義を説明しようとすると、言葉に詰まってしまうかもしれません。

 端的に説明するのであれば、化石とは、過去の地球に生息していた古生物の遺骸や活動の痕跡が地層の中に残されたものです。そのため、化石に注目することによって、今は絶滅してしまった古生物の生態や生命進化の歴史、さらには地球環境の変動の歴史までをも紐解くことができるのです。

 例えば、最も有名な恐竜と言えば文句なくティラノサウルスですが(表1-1)、そもそも過去にティラノサウルスという恐竜が存在していたという事実は、当たり前のようですが、ティラノサウルスの化石が見つかっていなければ誰も知ることができません。それだけでなく、ティラノサウルスが非常に大型の肉食恐竜であったことや体の一部に羽毛が生えていたらしいことなども、化石を調べることでわかってきたのです。こう考えると、なるほど、何やらワクワクします。なにせ今の地球には、ティラノサウルスほど大きな陸上動物は存在しません。それに加えて、ティラノサウルスは遥か昔に絶滅してしまっているので、今は生存していません。過去には間違いなく生息していた生き物であるにもかかわらず、絶滅してしまっているので、生き物としての実体はかなりの部分が謎に包まれているというのも、ワクワクや想像力を搔き立てるので、ロマンを感じる重要な要素になっているはずです。

 前述のように、化石は元々は必ず地層の中に埋まっています。実はその地層もまた、情報の宝庫なのです。地層を構成している鉱物の種類を調べたり、あるいは地層の化学成分などを分析したりすることで、過去の地球環境を知ることができます。そして、地層の中には肉眼では見えないくらい微小な化石も含まれています。そのような微化石も、過去の地球環境を知る上で非常に重要な手がかりを与えてくれます。

 例えば、ティラノサウルスは白亜紀と呼ばれる地質年代に生息していた恐竜です。白亜紀の頃の地球環境は、実に今と異なる環境であったことが知られています。現在は極域に氷床が存在しており、地球の歴史の中では比較的寒冷な時代ですが、白亜紀は今よりだいぶ温暖で極域に氷床が存在していませんでした。このような知見は、地層の中に含まれる有孔虫ゆうこうちゅうと呼ばれる微化石を化学分析することで明らかになったものです。太古の地球環境が今とはまったく異なっていたという事実も、やはりワクワクします。このように考えていくと、化石だけでなく、過去の地球の様子を記録している地層もひっくるめて、ロマンを感じる対象になりそうな気がしてきます。

 そんな化石や地層を主要な研究対象として、生命進化や地球環境の歴史を明らかにすることを目指す学問が、古生物学です。したがって古生物学はしばしば、ロマンあふれる学問だという印象を持たれることがあります。

古生物学と言えば恐竜?

 「○○地域から新種の恐竜化石を発見」というニュースは、数ある古生物学の研究の中でも、特に心躍るものがあります。また、研究対象の化石を入手するために、ときには海を越え山を越え、遠く離れたフィールドに出向いて野外調査をすることもあります。これは、冒険家さながらのダイナミックでアクティブなイメージがあります。あるいは、このように苦労の末に入手した化石を丹念に研究し、ベールに包まれていた古生物の暮らしや過去の生態系の様子を明らかにしていくさまは、研究者であってもなくても、化石や古生物学に興味を持っている人であれば間違いなくワクワクを搔き立てます。

 このように整理してみると、なるほど、確かに古生物学というのはロマンあふれる学問のように感じます・・・・・・・・ 。私自身、古生物学の研究に携わって約15年が経ちますが、研究をすればするほど古生物学の面白さがどんどん見えてきて、今ではもう戻れない状況になってしまいました。「古生物学者の人がそう言うんだから、やはり古生物学とはロマンあふれる学問なんだな」と思った方は、ちょっとお待ちください! 一文戻って、改めて文章を読んでみてください。実は私は一言も「古生物学とはロマンあふれる学問だ」とは言っていません。言葉尻を取るようで申し訳ないのですが、私が「古生物学は面白い」と感じていることは事実です。ただし、その「面白い」という感情が、ここまで述べてきたような一般的な意味での「ロマン」に起因するのだろうか……? と自問すると、一抹の「もやっと感」のようなものを感じます。

 その「もやっと感」の正体とは何なのでしょうか? 現時点で私が思うに、古生物学という学問に対する一般的なイメージと、実際の古生物学の研究現場の様子との間に存在するギャップに起因するものです。本書を通して紹介するように、古生物学の研究は実際にはとても多様です。したがって、古生物学のどのような側面を切り取るかによって、印象は変わってきます。

 本書は、古生物学のロマンあふれる研究成果だけをピックアップしてダイジェスト的に紹介するような本ではありません。むしろ、古生物学者が普段どのようなことを考え、どのような研究を行っているのかという研究現場の様子・・・・・・・が可視化されるような本を目指しました。ここでどうか、「なんだ、そうなのか……思ってたのと違うな」と本を閉じないでいただきたいのです!

 本書の真の意図は、古生物学者の頭の中や古生物学の研究現場の様子を赤裸々に紹介することで、古生物学の研究というのは実に多様で、かつ人間味あふれる文化的な営みであることを感じ取っていただきたい、というところにあるのです!

 願わくは、本書を通して、これまで古生物学に対して持っていた「ロマンあふれる学問」という漠然としたイメージから、「ロマンはある、だが難しい、だからこそ学問としても面白い」という、より具体的なイメージへと変化していますように……。



『古生物学者の40億年』

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