ちくま新書

集合住宅にユートピアを求めて

8月刊行の『集合住宅』の冒頭を発売より少し早めに公開いたしました。藤森照信さんも推薦の一冊です!

 一九世紀半ばから二〇世紀前半にかけて建設された集合住宅は「夢の跡」だ。社会的に恵まれない多くのひとびと、とりわけ労働者たちに、健康で快適な生活の場を持ってもらう。その理想を実現する使命感のもと、資本家も、政治家も、官僚も、そして建築家も、さまざまな知恵を巡らせ、工夫を凝らして、労働者層の「暮らしの場」を都市的スケールで実現した。その動きは、産業革命がもたらした工業化の広がりに連動して世界規模で拡大し、二〇世紀にはモダニズムの波にも乗って「集合住宅団地」という形に実を結んだ。その「ユートピア」を求めた軌跡を今日的視点で再評価したいというのが本書執筆の動機である。
 なぜなら二一世紀を迎えて、貧富の格差がかつてないほど拡大し、社会の調和が失われたことへの危機感が広がっているからだ。住宅こそが生活の基盤であることは誰しもが認めるだろう。産業革命とフランス革命がもたらした社会の亀裂を、住宅の「格差」解消によって緩和しようとした、社会の指導層の「夢」への共感から「物語」を始めたいと考える。
 ユートピアは、ラテン語の「この世のどこにもないところ」を指す言葉だ。それを追い求めた「ユートピアン」はありもしない夢物語の紡ぎ手、つまり「夢想家」と見なされた。
 カール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスが確立した「科学的社会主義」に対し、「空想的社会主義(英語ではユートピアン・ソーシャリズム)」は階級闘争の視点を欠き、夢想家たちの「施し」によってでは真の社会変革は達成できないと批判された。しかし、本当にそうなのだろうか。
 一九一七年に労働者の国家をうたうソビエト連邦を実現した「ロシア革命」から一九八九年の「壁」の崩壊に至るまでの共産主義、社会主義の蹉跌を目の当たりにしたとき、「夢想を排したのは誤りだった」と考えるのは、わたしだけではあるまい。ヨーロッパ各国に残る、先人たちがユートピアを追い求めた「夢の跡」としての集合住宅団地を訪ねると、その思いは確信に近いものに変わっていくはずだ。
 英国レッチワースの「田園都市」は、どのようにして職住近接を実現したのか。二つの世界大戦の間に位置するオーストリアの「赤いウィーン」は、なぜ巨大な集合住宅群を一気に建設できたのか。同じ時期のドイツの「ノイエ・フランクフルト」を実現したのはどんな社会体制だったのか。アムステルダムに逃れたアンネ・フランクが当初身を寄せた「アムステルダム南」開発の集合住宅街区は、当時の市民にどう受けとられていたのか。そして、コンクリートの廃墟となった「軍艦島」は、日本の集合住宅の歩みとどう関連づけて考えればよいのか。
 問いかけを胸に、それらの集合住宅群を踏破したとき、「ユートピア」への挑戦は、現実的かつ多様な軌跡をたどり、しかも、現在の暮らしのなかに、その多くが息づいていることを知った。
 追い風も感じている。フランスの経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』は、かつては貧富の「格差」の拡大を抑制する社会的なシステムが機能していたことを再認識させてくれた。「ユートピアン」の精力的な活動が、その文脈をつくったのではなかったのか。
  わが国の建築家たちも、ことに一九二〇-三〇年代には、ヨーロッパにおける「ユートピア」建設の動向をリアルタイムで掌握し、紹介の筆を積極的にとり、同輩の建築家たちや社会の啓蒙に意欲的だった。
 それらの試みは、ヨーロッパではナチス・ドイツ、わが国では軍部ファシズムの戦時体制でいったんはついえた。それでも、二度目の世界大戦が終わったとき、世界規模で直ちに住宅復興に取りかかれたのは、そうした戦前の実践が、強固な下地として存在していればこそだった。
  一九八〇年代以降、ポスト・モダンの流れのなかで、「集合住宅団地」は画一性を批判され、暮らしを無味乾燥なものに貶めた張本人と指弾された。その象徴は、米国セントルイスにおいて、建設した当局の手で爆破撤去された「プルーイット・アイゴー団地」であり、以後、モダニストは「ユートピア」の夢を語らなくなった。
  ユートピアンに賛同してモダニズムは隆起したはずだ。多くの若い世代が、モダニズムの始祖たるル・コルビュジエを信奉したのは労働者住宅を手がける社会性に共感したからだった。そこを忘却し、モダニズムを純粋幾何学に根ざした建築理念として、専門の枠内に囲い込んで純化して継承しようとするのは、「森を見る力」をなくした「木の凝視」への逃避でしかあるまい。
  もう一度、集合住宅を手がかりに「ユートピア」を探そう。カジノ資本主義と呼ばれる金融優位の経済状況、極限のレッセフェール(企業活動最優先の自由放任経済)がもたらす「公共の後退」のなかで、「夢物語」こそが無気力の支配する現実を打破する力を秘めている。
 なにもしないで手をこまぬいて傍観視していられないほど「格差」は拡大している。自らの専門領域で、解決のための手がかりを求めるときが来ていると、わたしは考える。
  その一歩として、一九世紀に始まり二〇世紀前半にかけて試みられた集合住宅群の形成する住宅団地を「夢の軌跡」としてたどり、「都市と建築の領域」からピケティ氏への応答を試みたい。

 

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