ネにもつタイプ傑作選

ネにもつタイプ・五輪傑作選・1

この期に及んでなお止まる気配のない東京2020オリンピック。しかし、ほぼ無観客も決まり、さしもの五輪も往年のかがやきを失い瀕死の体です。そしていよいよ、長年、オリンピックぎらいを公言してきたキシモトさんが五輪を粉砕しとどめをさすべく立ち上がる!? というわけで、PR誌「ちくま」の連載「ネにもつタイプ」の中から五輪関連のエッセイを選び、ここに謹んで再録いたします。ネにもつタイプ・五輪傑作選、お楽しみいただけると幸いです。

裏五輪


 オリンピックが嫌いだ。
 朝から晩までオリンピックオリンピックとそのことばかりになるから嫌いだ。参加することに意義があるとか言いながらメダルの数に固執するから嫌いだ。口では「ゲームを楽しみたいと思います」と言いつつ目が笑っていなくて嫌いだ。メダルを取らなかった選手と種目は最初から存在しなかったことになるのが嫌いだ。国別なのも嫌いだ。閉会式と開会式だけちょっと好きだ。あとはぜんぶ嫌いだ。
 そもそもスポーツが嫌いだ。スポーツ選手イコールさわやか、純粋、フェアと誰が決めたのか。
 スポーツというと思い出すのは、小学校の同級生だったヤマニシさんだ。体育の時間、ポートボールの試合をした。珍しく私のところにボールが回ってきて、敵に渡してなるものかと、しっかりボールを抱えてきょろきょろしていたら、ヤマニシさんがすたすたすたと歩み寄ってきて、普通の声で「ちょっとそのボール、見せてくれる?」と言った。ヤマニシさんは体育委員だ。何かボールに問題があるような口ぶりだった。もちろん、まんまとひっかかった私が間抜けなのだ。それはわかっている。ヤマニシさんの作戦勝ち。ユーモラスでスマートなフェイント・プレー。私はスポーツが嫌いだ。
 そもそも、たいていのスポーツは、元をただせば単なる冗談だったにちがいない。ボールを投げ合うのに飽きて、たまたま手を使わないでやってみたのがサッカーの起源、とか。誰かの投げたボールがごみ箱に入ったのが面白くてバスケットボールの始まり、とか。互いの体の臭い部分を無理やり嗅がせあったのがのちのレスリング、とか。むろん勝手な想像だ。でも、きっとそうに違いないと思う。元をただせばおふざけだったものに、むきになって勝ったの負けたのと言っているから、私はスポーツが嫌いだ。その点、カーリングとかカバディとかは、まだ元の馬鹿馬鹿しさが残っていて好ましいが、そういうスポーツにかぎってなぜか決してメジャーにはならず、テレビでもめったに中継されないのは、きっとスポーツの出自の馬鹿馬鹿しさを思い出させられて不都合だからに違いない。
 もしも私の好きにしていいというのなら、今あるオリンピックの競技はすべて廃止にして、もっとスポーツの原点に立ち返るような、たとえば「唾シャボン玉飛ばし」とか「舌シンクロナイズド」とか「猫の早ノミとり」とか「水中にらめっこ」とか「目かくしフェンシング」とか「逆立ちマラソン」とか「男子二百メートルパン食い走」とか「女子一万メートルしりとりリレー走」等々の新競技を設置する。メダルも金・銀・銅はやめにして、一位どんぐり、二位煮干し、三位セミの脱け殻とかにする。

 

 

 どうだろう。これぐらいやれば、さすがにみんな馬鹿馬鹿しくなって、勝ち負けなんかにこだわらなくなるのではなかろうか。
 いや違うだろう。やっぱりみんな「どんぐりの数で韓国に負けた」とか「日本がどんぐり、煮干し、脱け殻独占です」などと言っては、悔しがったりはしゃいだりするのだろう。そして大まじめで舌の筋肉を鍛えたり、空気のように軽いノミ取り用の櫛をヨネックスと共同で開発したり、にらめっこの強化合宿中に顔筋断裂で出場が絶望視されたり、唾の粘度を増す薬を飲んでドーピングにひっかかったりするのだろう。百年も経てば、それらがもともと馬鹿げたおふざけであったことさえ忘れられてしまうのだろう。
 だから私はオリンピックが嫌いだ。

(「ちくま」2004年9月号、『ねにもつタイプ』ちくま文庫に収録)
 

 

2021年7月15日更新

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岸本 佐知子(きしもと さちこ)

岸本 佐知子

翻訳家。訳書にルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』、リディア・デイヴィス『話の終わり』、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、スティーブン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、ショーン・タン『セミ』など多数。編訳書に『変愛小説集』『楽しい夜』『居心地の悪い部屋』ほか、著書に『なんらかの事情』『ひみつのしつもん』ほか。2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞。

クラフト・エヴィング商會(くらふとえう゛ぃんぐしょうかい)

クラフト・エヴィング商會

吉田浩美、吉田篤弘の2人による制作ユニット。著作の他に、装幀デザインを多数手がけ、2001年、講談社出版文化賞・ブックデザイン賞を受賞。著作リスト○クラフト・エヴィング商會・著『どこかにいってしまったものたち』『クラウド・コレクター/雲をつかむような話』『すぐそこの遠い場所』『らくだこぶ書房21世紀古書目録』『ないもの、あります』『テーブルの上のファーブル』(以上、筑摩書房)『じつは、わたくしこういうものです』(平凡社)○クラフト・エヴィング商會プレゼンツ・吉田音・著『Think/夜に猫が身をひそめるところ』『Bolero/世界でいちばん幸せな屋上』(筑摩書房)○クラフト・エヴィング商會プレゼンツ『犬』『猫』(中央公論新社)○吉田浩美・著『a piece of cake ア・ピース・オブ・ケーキ』(筑摩書房)○吉田篤弘・著『フィンガーボウルの話のつづき』『針がとぶ Goodbye Porkpie Hat』(新潮社)『つむじ風食堂の夜』『百鼠』(筑摩書房)。

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