ちくま学芸文庫

中世は荘園制の時代である
『荘園の人々』文庫化に寄せて

わかりにくいといわれる荘園制を、そこに生きた人々にスポットライトを当てることで、いきいきと描くことに成功した名著『荘園の人々』。ちくま学芸文庫として再刊するにあたり、著者の工藤敬一先生より、これからお読みになる読者のみなさんへ、メッセージをいただきました(PR誌「ちくま」より転載)。

 荘園は英雄の活躍する舞台ではない。それは名もない人々の日常的営為の世界である。そんな世界を、そこに登場する人物を通してえがこうという本書のねらいは、あるいは所詮無理なことであるかもしれない。だが中学や高校の先生方から、荘園ほどわかりにくく、生徒に理解させることが困難な分野はない、という話を幾度となく聞いているうちに、荘園の研究をつづけている者の一人として、なんとかこの汚名(?)を返上する方法を考えねばならないと、しきりに思うようになった。そしてそれには制度やシステムからでなく、そこに生きた具体的人物のありようから、ときほぐしていくことが、すくなくともひとつの有効な方法ではないかと考えた。

 じつはこれは私が学生時代に歴史学の門をたたいたときからの願いでもある。私たちは京都大学で、越智武臣先生から、アイリン・パワーの『中世に生きる人々』の講読をうけ、その生き生きとした人物像に深い感銘をうけた。そのときから私は日本中世についていつかは同じような試みをしてみたいと思うようになった。

 私たちは過去の荘園の世界を追体験することはできない。しかし多くの荘園文書や絵図、それに今日にのこる荘園の遺構などから、そこに生きた人々の世界や生き方を垣間見ることはできるであろう。これが無理を承知で、荘園に生きた人々を通して荘園の歴史を書いてみようと思い立ったゆえんである。

 そうした思いで書いたこの本が、ちくま学芸文庫の一冊として再刊されることになった。思いがけぬことだった。嬉しかった。しかしなにぶん四十年前の本である。早速手許の一冊を取り出して通読。意外と違和感はない。進歩がないというべきか。もちろん当時の研究水準に制約されているものの、本書の意図した、人物を通じて荘園の実相を垣間見る、という点では一応の目的を達成できているのではないか、と思った。

 ところで、本書の執筆時期と前後して、中世史学界で用いられるようになった用語=概念に、黒田俊雄氏の提言に始まる「権門体制」、網野善彦氏に始まる「荘園公領制」がある。いずれも古代の律令制官僚国家を前提とする中世の王家・摂関家をはじめとする都市貴族の支配体制に関わる呼称である。前者は政治体制、後者はその基盤をなす土地制度のあり方を示すもので、ともに実態に即した適切な概念である。問題は、ともすれば「荘園公領制」が「荘園制」に代る用語、すなわち同義として用いられていることである。

 私は「権門体制」と「荘園公領制」は、すぐれて十二世紀から十三世紀の国家体制と土地制度であると考えており、それらは、承久の乱後の地頭制の確立、そして蒙古合戦後の地頭請や下地中分等による地頭(御家人)領主制の進展により、十四世紀には新たな段階を迎える。鎌倉幕府に代る室町幕府の成立、そして九州・東国以外の諸国守護の在京により、国家体制は「幕府・守護体制」となり、土地制度は「寺社本所一円領・武家領体制」へと変化し、応仁の乱までその体制が維持されるのである。

 では「荘園制」とは何か。それは古代の律令制官僚支配を受けつぐ都市貴族支配の国家体制や土地制度を存立させる社会体制の総体である。その意味で、中世全体が荘園制の時代といえよう。

 昨秋、伊藤俊一『荘園』(中公新書)が刊行された。二一世紀になってから、中世史の分野では、事件や人物に関わる著作の盛行に対し、基盤となる社会経済の研究は低調だったと思う。同書は「墾田永年私財法から応仁の乱」までの荘園史の総過程を、最近の気候変動や災害などの研究にもふれて過不足なく論じており、今後の中世社会研究の新たな出発点となる好著である。本書とともにお読みいただき、日本の社会構造の根幹を形作った荘園に、興味を持っていただければと願っている。

荘園に生きた人々を通じ荘園制の実態を解き明かした画期的な入門書
古代律令制官僚支配を受け継ぎ中世全体を形作った制度を、すっきり理解する

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