ちくま新書

「買う女たち」は何を求め、何を得たのか
『ルポ 女性用風俗』まえがき

女性用風俗、略して「女風」が今、ブームだという。SNSを利用した発信と低価格化の波、それに伴って、会社員や主婦など「普通の女性たち」が利用するようになっているという。「買う女たち」は、「セラピスト」と言われる男たちに何を求めているのか。そして、何を手にしたのか。顧客の女性、サービスする側の男性、経営者への取材を通して見えてくる、現代の風景に迫る。巻末には、社会学者宮台真司との対談を収録。ちくま新書4月の新刊『ルポ 女性用風俗』の「まえがき」を公開します。

まえがき 買う女たちの背景に何があるのか 

 女性用風俗、略して「女風」 ―― 。
 昨今この女性用風俗が、旋風を巻き起こしている。大手女性用風俗情報サイト「Kaikan」には、三〇〇〇人を超えるセラピストが登録し、二〇〇を超える店舗がひしめき合う。もちろん、サイトに未登録の大手女風店舗も存在するため、店舗の実数はさらにこれよりも多いと考えられる。「Kaikan」には、ジャニーズ顔負けのルックスの男性たちがズラリと並ぶ。
 この中から女性たちは思い思いのセラピストを選んでホテルなどに呼び、甘い時を過ごすのだ。
 女性用風俗を巡っては、これまでにない地殻変動が起きている。女風店舗に所属するあるベテランセラピストは私にこう耳打ちする。
「女性用風俗の客層は、ここ数年でガラリと変わりました。一〇年前は有閑マダムのような、いわば上流の限られた女性たちが顧客だったんです。しかし今や、一般の大学生や専業主婦、会社員のような、いわば〝普通の女性たち〞が僕たちを買う側へと回っているんですよ」
 それは、呼び名の変化にも表れている。かつては「男娼」と呼ばれ日陰者としてのイメージが強かった女性用風俗の男性従事者だが、現在では「セラピスト」と呼ばれることが一般的になり、癒しを前面に押し出したイメージへと変貌を遂げている。
 近年の女性用風俗のブームの背景としては、二つの大きな変化が挙げられる。
 まず一つ目は、大手店舗が有名ユーチューバーやインフルエンサーとコラボして、SNSや動画サイトで積極的に発信していることだ。「癒し」のイメージを前面に打ち出し、風俗への抵抗感を和らげハードルが下がったことで、若年層や一般層を取り込むことに成功した。セラピスト個人個人が、SNSで自らを直接売り込めるようになったというのも大きい。
 またそんな流れに乗り、経営者が積極的に地上波に顔を出してその魅力について語るなど、これまでにはなかった動きも起きている。
 二つ目は、低価格化の波だ。店舗数が増えたことでサービス料金の低価格化が進み、より一般女性に手が届きやすくなったのだ。
女性用風俗の利用者層は、この二大変化により一気にカジュアル化が進んだ。また、女性が女性に性的サービスを行うレズ風俗の体験レポ漫画が、SNS通じて人気を博すなど、業界の新たなうねりも起きている。
 こうして女性用風俗は、一般人女性が気軽に利用できるサービスへと変貌し、着々とその市場が拡大してきている。
 ここまで手短に紹介したのは、あくまで業界を巡る表層の動きに過ぎない。
 私がどうしても強い好奇心を抱かざるを得ないのは、そんな業界の「仕掛け」に呼応するような形で、一般の女性たちが「買う側」へと次々と乗り出していったという現実だ。これだけ女性用風俗が一般の女性にまでその触手を伸ばして、「買う女性」たちが増え続けているその背景には、何らかの切実な動機があるのではないだろうか。
 私は女性用風俗の本質を捉えるうえで、買う側となった女性たちの一人ひとりから浮かび上がる心象風景にこそ、最も目を向ける必要があると思っている。本書では、それに迫るためにこれまでヴェールに包まれていた買う女性たちのリアルな本音に、徹底的にスポットを当てることにした。
 さらに個々の女性の人生を深く掘り下げ、その声なき声によって紡がれた物語に耳を澄ませることで、現代の女性たちが何を求めて女性用風俗の世界にハマり込んだのか、その実態を露わにしていきたいと考えている。
 女性用風俗の市場の拡大には、深刻なセックスレスや女性の社会進出、性経験年齢の高齢化、生涯未婚率(五〇歳時点で一度も結婚したことがない人の割合。現在は「五〇歳時未婚率」と呼ぶ)の上昇など、様々な社会的な要因が隠れている。
 ある女性は三〇年もの間夫とのセックスレスに悩んだ末に、また別のある女性は幼少期にいじめを受けたことがきっかけで異性との付き合いに積極的になれず、処女であることのコンプレックスから、勇気をふりしぼって女性用風俗の世界に足を踏み入れた。中には親から虐待を受けたことで心を病み、その苦しみから逃れるために女性用風俗でSMに目覚め、奴隷になっているときにだけ解放されるという女性もいる。
 女性たちの性を巡る様々な人生のエピソードや葛藤には、私たちの社会に巣くっている不条理の数々が重しのようにくくり付けられている。
 本書では、買う側の女性の心理とともに、買われる側のセラピストや、女風店の経営者であるオーナーの本音にも肉薄した。彼らがどのような思いでこの仕事に従事しているのか。その知られざる実情を詳らかにすることで、女性の性を取り巻く輪郭を多角的な視点で知ることができるだろう。
 また昨今女性用風俗の周辺を巡っては、新たなムーブメントも起きている。女風をコンセプトにした女風バーが新規オープンして、女性たちに人気を博しているのだ。
 そんな、女風ブームという現象から垣間見える女性の性の実像にも迫っている。
 何度も繰り返すが、「買う女性」たちは、ごくごく普通の会社員や、専業主婦など私たちの身近にいる人たちである。もしかしたら、あなたの彼女かもしれないし、妻だったりするかもしれない。
 そんなどこにでもいるような女性たちが、もはや世の男性たちからはとても期待できないであろう、数多の欲望に応えてくれる女性用風俗という新潮流に心を躍らせ、色褪せた現実からの脱出を企てようとしているのだ。彼女たちが女性用風俗に夢中になるその背景には、私たちの社会の裏側で進行しているセックスや愛の〝貧困〞があるのは間違いないだろう。
 令和の時代に入って、昭和、平成の時代に蓄積されてきた女性たちのフラストレーションが、一挙に顕在化し始めたと言えるかもしれない。潜在的なニーズとしてずっと存在した女性たちの欲望が、堰を切ったように溢れ出したのだ。
 性の世界は、いつも私たちの社会の深層を如実に映し出している。一〇年以上前から風俗の現場やAV、またはセクシュアルマイノリティなどに関する取材をしたり、当事者から様々な話を聞いてきたりした立場から、私はそのことを常に実感している。
 女性用風俗によって癒され、果ては救済の糸口を見出すこともある女性たちの性の冒険 ―― 。現代ニッポンの水面下で一体何が起きているのか。本書では、その驚くべき全容をつぶさにお伝えしたいと思う。
 

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