ちくま新書

人生を決めるのは、「自分の心」
『親は選べないが人生は選べる』はじめに

「親ガチャ」という言葉があるように、どんな家庭、どんな親のもとに生まれるかは、誰にも選べません。でも人生を決めるのは、自分です。人が生まれ、親との愛着期、イヤイヤ期を経て、どのように大人になって、自分の人生を作っていくのか。精神科医である著者が、親との葛藤に苦しむ多くのクライアントを見てきた末に提案する「親との別れ方」。人の心の「必然と自由」の不思議さを味わってください。ちくま新書12月の新刊『親は選べないが人生は選べる』の「はじめに」を公開します。

はじめに 心は自由に動けるのか、必然に従うのか

                                             ―生まれ育った家族の影響は人生を大きく左右する

 どんな家、どんな親のもとに生まれるかは自分では決められません。それは運命として受け入れるしかありません。
 しかし、この運命がどれほどの影響を自分の人生に及ぼし、生き方を決めているのかはあまり意識にのぼりません。なぜなら、よほど辛い出来事に遭わない限り、人は自由に人生を選んできたし、これからも選べると思っているので、自分の運命を深く考える必要もないからです。
 けれど、運命について常に思い巡らさざるを得ない人たちもいます。例えば、いつもいがみ合っているような冷たい家庭に生まれ育った人。「ああ、こんな家に生まれてこなかったら……」と思い、自分で選べなかった幸せを数えて、人生は自分の力ではどうにもならないのだと観念し、運命を悔やみ続けます。
 愛着理論で有名な精神科医ボウルビイ(John Bowlby, 1907-90)は第二次世界大戦の時に施設で暮らした孤児たちの心理発達を研究して、内的作業モデル(IWM:internal working model)という理論を作りました。これは、その人が乳幼児期にどんな母親(もしくは主な養育者)に育てられたか、その親子関係の良し悪しが子どものその後の人生を大きく決定づけるという理論です。
 この理論は今では心理学の分野で広く認められて研究されているのですが、では、どこまで人生を「決められてしまうのか」という具体的な問題になると、研究者の意見はさまざまです。
 じつは、この問題を考えるその人自身の幼児期体験によって、運命と自由の重点の置き方が変わってくるのです。問題のあまりない母親(養育者)と出会ってまあまあ「普通の」幸せな人生を送ってきた人は、運命の範囲をなるべく小さく見積もって、自分が自由に選べる範囲を広く考える傾向が見られます。一方、問題のある母親(養育者)に育てられて、極端な場合は虐待を受けて辛い人生を送っている人は、人生はどんな親の元に生まれたかによって決められてしまう、運命がほとんどで自由は残されていないと考えます。
 幼児期体験によって人の運命の見積もりの幅は異なりますが、人生が大きな災禍なく幸せなものであっても、辛苦に満ちた不幸なものであっても、運命という必然によって決められている部分は必ずあります。一方、目の前の人生を見れば、明日は100%自由に自分で選び取っていけるようにも見えます。
 あなたの人生がどんなものになるのか、それを作っていくのはあなたの心です。
 心がこうしたい、ああしたいと思って人は動き、仕事をし、その積み重ねが人生になっていきます。心が自由になんでも選ぶことができるとすれば、運命が働く余地は小さくなります。あなたの人生は自由です。逆に、心が何かの必然性、すなわち決められた法則で動いているのであれば、運命の働く部分は大きくなり、自由の範囲は小さくなります。人生を織り成していく力は、この自由と必然の絡み合いです。
 心が決められた必然性によって動く、その法則を考えます。
 例えば、あなたが会社の同僚から日頃の仕事ぶりを褒められたら、あなたは嬉しく思うでしょう。だから、「人は他人から褒められたら→嬉しく思う」、これは心の法則として考えることができます。しかし、法則ならば全ての人に当てはまるはずですが、実際はこの法則の通りに反応する人は、私の経験では90%くらいです。残り10%の人は、喜ばずに逆に緊張して身構えます。例えば、「急に褒めてくるなんて、おかしいぞ、何か裏があるに違いない」などと考えるのです。「人から褒められたら→嬉しく思う」は100%の人には通用しないので、心の法則とは言えなくなってしまいます。
 ところが、ここに「小さい頃に問題のあまりない普通の母(養育者)に育てられた人は、人から褒められたら→嬉しく思う」、また、「小さい頃に問題のある母(養育者)に育てられた人は、人から褒められたら→警戒する」として、ボウルビィの内的作業モデルを加味してみると、100%の人に当てはまるようになり、「心の法則」ができあがります。
 心理学は、いわば「心の法則」を見つけ出す学問なのですが、物理学の法則のようにきれいにあてはまる法則はあまり見つかっていないようです。
 物理学の法則は絶対です。絶対というのはそれが未来を予測できるからです。
 地球上であなたが空高くボールを放り投げれば、それはニュートン力学の法則に従って舞い上がり、放物線を描いて落ちてくるでしょう。変えられない事実であり、予測できる法則です。あなたの持っているスマホの現在地と時刻を正確に教えてくれる人工衛星(GPSシステム)はこの法則(正確には一般相対性理論)によって動いています。明日も、明後日もその通りに動くはずです。だからあなたはスマホを使って、行きたい場所に着きたい時刻に到達できるでしょう。
 力学の法則通りに惑星や宇宙ステーションは動き、電磁気学の法則通りにモーターは駆動して自動車や電車を動かしています。誰しも変えられないことです。化学反応も物理の法則によって動いています。つまり、細胞や人体の中で行われている物質代謝、ホルモンの分泌なども、物理の法則から外れることはありません。生命は物理法則に反していないし、反することはできません。量子力学というレベルにまで入らなければ、「今」が分かれば、「未来」が一義的に予測・決定できるというのが物理の法則の絶対性です。
 では、脳の中で行われている思考や感情はどうでしょうか。
 それを支えているのは神経細胞の活動です。これは脳科学によって明らかにされた事実です。その神経細胞の活動ももちろんすべて物理の法則に従っています。そこから外れることはありません。
 こう考えていくと、心も物理の法則通りに動いているのかもしれません。すると、心の動き始めがどんな状態なのかが分かれば、それ以後の未来の心の動きは全部予測できることになります。運命の必然性です。自由の余地はありません。
 本書では、人が生まれてから死ぬまでの心理発達を順に追って見ていきます。それぞれの段階で、決められていて変えられない「心の法則」があります。例えば、心は学童期という発達段階から思春期という段階に進みますが、この順番は決められていて変更できません。また一方、学童期の中だけ、あるいは思春期の中だけを見ると、本人が自由に選べる心の範囲がありそうです。こう考えると、大きな流れは必然で決められていて、その中の小さな動きは自分で選べるようにも見えます。
 心の専門家として人を見ると、はっきりした「心の法則」によって人が動いている部分がわかります。それは変えられないものであるが故に、未来を予測できます。それらを紹介して検証しながら、心の自由と必然の範囲を考えます。
 人生はどこまでが必然で、どこからが自由なのでしょうか。自分の力ではどうしようもない運命を変えることはできるのでしょうか。
 運命を変える、自由になるということは、それまでに作られてしまった生き方、つまり人生観という思考を変えることです。思考は、自分の思考の由来を思考することによってその必然性を超えることができる、そんな不思議な現象にもたくさん出会ってきました。だとすれば、生まれ育った環境、親からの影響を自覚できれば、私たちはその必然性から抜け出すことができるでしょうか。
 ごく普通の家に生まれ育った多くの人たちと、虐待を受けるようなひどい家に生まれた人たちの二つの運命を両端に置きながら、人生の自由と必然、その中で人が追い求める幸せを考えます。
 

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