ちくま学芸文庫

「思想的地震」について
柄谷行人『柄谷行人講演集成 1995-2015 思想的地震』

近年の代表的講演を精選した講演集、『柄谷行人講演集成 1995-2015 思想的地震』を上梓された柄谷行人さんによる自著解題を、PR誌「ちくま」2月号より掲載します。

 『思想的地震』は私にとって、3冊目の講演集である。それ以前に、『言葉と悲劇』(1989年)と『〈戦前〉の思考』(1994年)を出している。前者は1984年から88年まで、後者は1990年から93年までの講演を集めたものだ。別の観点からいえば、前者は、昭和時代の終り、戦後の世界体制の終りが迫っていたころであり、後者は、そのことが湾岸戦争と日本の参戦という事態としてあらわれたころである。私がここで〈戦前〉と呼んだのは、第二次大戦の前という意味ではなく、われわれがすでに次の戦争の前に立っているという意味であった。
 今回の講演集には、1995年以後から現在までの講演を選んで収録している。なぜ95年か? 私はこの年に起こった2つの出来事に震撼させられた。それは阪神大震災と、ほぼ同時期に発覚したオウム真理教の事件である。阪神大震災は、私の生まれ育った所に起こったので、他人事ではなかった。それから数カ月後、私はソウルで開かれた建築家の国際会議で、「地震とカント」について話した。私が地震について話したのは、それが建築家の会議であったからだが、それだけではない。地震は建築物を破壊しただけでなく、建築論をふくむ、それまで支配的であったポストモダニズムの言説を破壊したように見えた。当時は、脱構築(deconstruction)という言葉が流行していたが、それはあからさまな破壊(destruction)の前では知的戯れにすぎないと思われた。そして、私は、このあと、『トランスクリティーク――カントとマルクス』(2001年)に至る仕事を開始したのである。
 この地震がもたらした諸問題は、以後消え失せたように見えたのだが、16年後に思わぬかたちで回帰してきた。すなわち、東日本大震災が、それまで忘却しかけていた諸問題を回帰させたのである。思い返すと、1995年以後の講演を集めたこの本は、何らかのかたちで「地震」とつながっている。その意味で、私は本書を「思想的地震」と銘打つことにしたのである。
 しかし、この「地震とカント」という講演で言及したにもかかわらず、ほとんど語らなかったことがある。それはオウム真理教の事件である。実は、私はこの事件から、ある反省を迫られた。私は1980年代後半に、60年周期説を唱えていた(「一九七〇年=昭和四十五年」『終焉をめぐって』所収)。私はそこで、「昭和は明治を反復する」ということを、年表によって示した。昭和45年は、明治45年(大正元年)に当たる。そうすると、1990年代は、1930年代に類似するだろう。確かに似ている。しかし、何かが決定的に違う。
 私は90年代になって、徐々に60年周期説を疑い始めたが、それをはっきり放棄するにいたったのは、オウム真理教の事件があったからだ。私はつぎのような噂を聞いた。オウムが事件を起こしたのは、私の反復説を読んだからだ。私の示した明治と昭和の年表を未来に延長すると、1999年には日米戦争が起こる。ゆえに、その前に、行動に移らねばならない。オウムが蜂起を考えたのは、そのためだというのだ(のちに、オウムの元幹部がそのことをウェブ上に書いていたので、たんなる噂でなかったことを知った)。したがって、私は60年周期説を放棄したのだが、そのとき、たんに120年周期で考えればよいのだ、ということに気づいた。その意味で、現在を新自由主義=新帝国主義としてとらえる私の見方も、95年に始まったといえる。

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