ちくま学芸文庫

自由なき時代への回帰

宮武外骨著『アメリカ様』

 宮武外骨は、明治期から大日本帝国崩壊直後まで活躍した反骨のジャーナリスト・雑誌編集者である。明治憲法が発布された時には、憲法を下賜する天皇の姿を骸骨(=外骨)に置き換えた戯画「頓智研法発布式」を『頓智協会雑誌』に掲載したため、不敬罪で三年八ヶ月投獄され、雑誌は発禁処分を受けた。このことを『アメリカ様』の中で、「在獄は、予の一代における最大の苦痛であった」としながらも、「予の入獄は誠に仕合せであり、また官僚の迫害に対する反抗心が、予の一代をスネモノに造り上げたものと見れば、どうであろうか」と述べている。
 外骨だけが投獄されたのではない。明治八年以降、新聞紙条例違反でジャーナリストが重罪に処せられた事件は百件以上あり、集会条例違反でも数多くの言論人が重刑を科せられた。外骨は「その中で最も重く罰せられたのは、天皇に対する不敬罪であった」と述べ、演説中に「財を盗む者は賊、国を盗む者は王という老子の語を引き、神武天皇は日向の一豪賊である」と言ったために禁錮三年の刑に処せられた『東海暁鐘新報』社長・前島豊太郎の例などを克明に記録する。
『アメリカ様』は一九四六年五月三日、極東国際軍事裁判が開廷されたその日、外骨が八〇歳を迎えた年に発行された。時代を知り、時代の犯罪を知って欲しいという記録者としての念があふれている。外骨は、閣僚・官僚、大本営発表をたれ流したメディアはもちろんのこと、「一億死を覚悟の戦いだ」などと言った禅宗僧を戦争犯罪人として、西郷隆盛、乃木希典、伊藤博文などの明治政治家を侵略支持の重罪人として俎上にあげ、罪状を告発する。
 しかし、なぜこの本には『アメリカ様』などという奇妙なタイトルが付けられたのか。それは軍閥・財閥解体、言論の自由、戦争放棄などが日本人自身によって果たされず、アメリカによってなされたこと、そして敗戦により、昔は対等であったアメリカの支配下に置かれた状況を、自虐的に表現するためであった。己を「ア米リカ様の半支配下、半米人と自称する」のもそのためである。
 外骨は、「軍閥を跋扈せしめたのは国民である。官僚や財閥のほかに、多くの国民が漸次軍閥の悪を増長せしめた」として、権力者たちの台頭を許した愚かな国民をも指弾している。だから、民主主義がもたらされたことを「アメリカ様のお蔭として感謝せねばならぬ」と言いつつも、「アメリカ様の命令であるから反対は出来ず、官僚までが表面だけ民主と唱えている」と、帝国日本を支えた自分たちが受け入れた民主主義は、あくまで表面的なものであることを指摘するのも忘れない。
 敗戦直後、アメリカは宣戦布告時の閣僚であった岸信介をA級戦犯容疑で逮捕したが、一九四八年には釈放した。CIAの機密文書を明るみに出したティム・ワイナーによれば、釈放された岸はその足で首相公邸を訪れ、占領下の政府で官房長官を務めていた弟の佐藤栄作に会った。佐藤は囚人服を着替えるようにと、兄に背広を手渡した。すると岸は、「おかしなものだな、今やわれわれはみんな民主主義者だ」と言ったという(藤田博司他訳『CIA秘録』上巻、文藝春秋社)。戦争指導者としての懺悔の気持ちは微塵もない。やがて岸は日本におけるCIAの最も緊密な協力者となり、アメリカ様に隷従する日本の強力な政治指導者へと返り咲いた。
 二〇一二年九月、岸信介の孫が首相に就任し、アメリカ様に跪き、沖縄を手土産としてすり寄り、崩壊したはずの帝国日本の灰燼の中から立ち現われた亡霊と手を携えて再び言論の自由なき時代への回帰に奔走している。悲しいことに、名著『アメリカ様』の刊行は誠に時宜をえている。

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