漫画みたいな恋ください

第1回 両方どん詰まり

2018年4月16日~4月21日

ことしの4月、漫画家の鳥飼茜さんに日記を書いてみることを勧めました。その日から書きはじめられた日記には、いまを生きるひとりの女性の、切実な思いが描かれていました。

4月16日(月) くもり

 昨夜じつに9年ぶりにタバコを吸った。
 コンビニでタバコひとつ買うのに最高潮に緊張する36歳。9年ぶりのタバコの味はこんなもんか、だった。ささやかな自殺のつもりだった。
 反抗したかった。嫌われたくない、反論できずに幼い自分を飲み込んだ。大人であろうとした自分に対して、自分が反抗したかった。
 彼氏とは付き合って1年と2カ月になる。もうそろそろ、タイムリミットが近づいているのだろうか。私はこれまでに、結婚生活を含め男性と2年以上付き合えたことがない。

 別にどうしてもピンク色じゃなくたってよかった。性差別なんて、思ってもないことを口にしたのは次々に起こる不慣れな決定に、疲れすぎていたから。
 結婚して、一緒に住む。彼氏の持ち家を仕事場にして、その近くに私が子供と共に居を移して。発端はそういう話だった。
 一緒に住むことは、そのうち彼氏がご飯を食べに来るだけ、週に二、三度遊びに来るだけ、という話に変わっていった。私はそれを、仕方ないと思っていた。そういう結婚の形もあるのかもしれない、と思うようにしていた。
 一緒に住むのでなければそれはほぼ私の家である、でも私のしたかったピンク色の壁は女の子みたいで嫌だと言われた。性差別やん、とはずみで突っ込んだ私の一言で、結婚はなしになった。
 結婚するから。次は本当だから。それは誰に対する弁明なのか、わからない。親きょうだいか、子供の父親か、子供の学校関係者か、税理士さんなのか、もっと知らない誰かなのか。それは紐解くといわゆる世間体という色を帯びて薄まっていき、私は一体誰に向かって弁解したいのか、わからなくなる。
 それでも子供を持って生きるということと、世間に許されるということは、切り離すことにとても勇気がいる。そんな不安定で大丈夫なの?
 子供がかわいそう。そんな声が幻聴でなく何度も聞こえる。

 結婚はなし。それは彼にとっては重大なことではないのだろう、ただの紙切れで体や心を足止めされるなんて、この際もう嫌になってしまったのだろう。
 説得するには私のほうがいつも甘かった。私の希望や期待は、彼の前では余りにも薄っぺらく浅はかで、この人の前にいる自分は一体何をしたかったのか、どこから来たのか、記憶喪失の人のように心許ないのだった。
 不快にさせたその言葉に対しては、心から謝罪したつもりだ。それでも、と自分の気持ちの淵を覗き込むと、涙が勝手に流れてくる。
 私、めちゃくちゃ合わせている。ただそう思っていた。
 自分が不憫なような気がして、でもここまでの選択はすべてが自分の責任で、誰かにいたわってもらえる権利なんてない。一番優しくしてほしい人はいま、最も遠いところに立っている。こんな頼りのない状態で、これから先も、合わせていくつもりか、合わせきれるのだろうか。
 喧嘩をするたびにもうこれで終わりなのだ、と思う。だからといって開き直ることもできず、必死に謝り仲直りをしたあとに彼氏のほうではこれで終わりのつもりなんかなかったと知る。

 この人との楽しかった会話、散歩、旅行の時間すべてがここでぷつりと終わるのかもしれない、私に優しくして好きだと言ってくれ、親以上に慕っていたこの人が目の前からいなくなるのかもしれない。
 喧嘩をした勢いで日々の不満を並べてしまったあとの相手の苦い顔は、関係終了のサインとして私の脳天をヒットする。しまった、とお腹に石が詰まったみたいに苦しくなり、後悔で身動きが取れなくなる。
 本当に思っていたことを言えば関係は終わる。そう思うと、何も言えなくなる。相手の前でただただ笑っている自分は、どこか違う場所から借りてきた自分に似た人形のようだ。意見を言わずに笑っている私が相手にとって都合が良いなら、意見のない人間になってしまうほかない。そんなことを繰り返せば、気持ちは擦り切れたリボンのように千切れそうになる。2年ほどで、それはある日どちらからともなく、びりっと破れて、落ちる。

 今日になり昼間にタバコを1本深く吸ってから目に見えて食欲減退。私はいつまで反抗するつもりなのか。
 夕方に打ち合わせで、日記を勧められた。文章で自分のことを書くのは、ちょっと勇気が要りそうだけど、やってみたい。浮き沈みする自分を客観視するのにもいいかもしれない、と思った。

4月17日(火) くもりのち雨

 二度寝の夢が現実より数段快すぎてダラダラと昼1時過ぎまで起きられずにいた。
 家にいても良くないことばかり考えてしまう。私は普段から朝のお通じを済ませないと外出できない性質なのだが、例外的に散歩に出た。家にコーヒーを切らしていたのもあって、歩いて15分くらいのところにあるスターバックスまで行く。
 雨が降りそうだけど、どうでもいい。おトイレ行ってないけど、どうでもいい。雑な気分だった。当然上着の下は寝間着、顔面はノーメークである。
 こういう格好で外へ出ると、いつも自分が透明人間のような気がしてくる。今日明日中にはネームを完成させないといけない。歩くうちに何かアイデアが浮かぶといいなと淡い期待も抱きつつ、しかしながら雑な気分のせいか、コーヒー片手に家に帰り着くまで、頭には何の新鮮なイメージも湧かず。
 気持ちを雑にするには理由があって、プライベートのこと(つまり恋愛のこと)と、連載中の漫画が進む先に光が見えず両方どん詰まっていること。時分的に今は後者をなんとかせねばならない。

 「仕事で成果が出ないとき、つまらないときでも丁寧に心を尽くすこと」。手遊び的にスマホでたどり着いた占いにそう書いてあった。できることをすべてやって、結果は未来の自分に託すしかないのだ、それしかないのだ、そう思いつつ、頭を私事がひたひた侵食していくのがわかる。
 タバコ。音楽。酒。自分を少しでも攻撃的にしてくれるものの力を借りるしかないときがある。怒りで描いてるわけじゃないけど、攻撃的な状態に持っていくことで漫画を描いてきた。こういう気分で描いたものは、誰かを攻撃しているのと同じことなのかもしれない。大人のやり方じゃないかもしれない。でも他に戦い方を知らない。今のところは許してほしい、許してください。

 一昨日プライベートのことで耐えきれず知人に助けを求めてラインしたら、鳥飼さんは何がしたいんですか? と聞かれた。
「面白い漫画が描きたいです」
 何がしたいとかどう思ってるとか、私は自分でめちゃくちゃわかっていない人間だ。誰かと付き合うと自分の真意なんてすぐに見えなくなってしまう。わがままな癖に自分の意思が何も見えてなくて恥ずかしい。
「面白い漫画が描きたいです」
「蹴飛ばしたい。煩雑なこと全て蹴散らしてしまえる漫画を描きたいです」
 願いが届いたのかどうか、夜中の1時、とりあえずネームが完成した。
 描き終わったらなんか、単に形として、ベランダに出てもう1本吸ってみたけど、この1本はべつに要らなかった。

4月18日(水) 雨のちくもりのちはれ

 二度寝。1時半起床。きょうは午後から、本郷の東京大学で友人に会う約束がある。日本の漫画史を日本の東大生に日本語で教えているアメリカ人のライアンさん、会うのは7年ぶりだった。
 ライアンさんとは私が上京してすぐの20代なかば、住んでいた西荻窪の古本屋で出会った。彼は当時から、古い日本の漫画を研究している変わった外国人で、私たちは漫画という共通項ですぐに仲良くなり、出会って次の年には彼の実家にまで遊びに行くほどの親交ぶりだったのだが、のちにライアンさんはインド人女性と恋に落ちて彼女の祖国に渡った。
 それから音沙汰なしの7年の末、先週唐突に私の携帯に連絡を寄越してくださった。いまは日本の漫画を翻訳しながら東大で漫画の先生をしているという。
 東京大学は総じて茶色、という印象。煉瓦造りのヨーロッパ的建物に並行して背の高いいちょう並木が悠然と添えられ、異国情緒に溢れている。大学ってもしかしたらどこもこんな感じなんだろうか。私の通った大学はかなり小規模で高校となんら雰囲気が変わらず、こういう威風堂々とした存在感は大学然としており新鮮だった。
 まずはライアンさんの職場である立派な研究室を見せてもらい、数枚の写真を撮らせてもらう。大学を舞台にいつか漫画を描くことがあるかもしれないから今度改めてバシバシ写真を撮らせてもらおうと思う。今日のところは撮影は控えめにしておいた。
 東大内の立派なカフェで昼からビールを飲もうとしたら酒類の提供は5時からだという。学生の本分は勉強だから当然だね、と話しつつも売店で簡単に缶ビールを入手した我々は、学生運動で有名な安田講堂の前に座って小一時間身辺の話、主に恋バナをした。ライアンさんはいまの彼女とのことで悩んでいた。みんな恋愛のことで悩んでいる。悩むことを恋愛と呼ぶのかもしれない。
 5時を過ぎたので今度は先ほどのカフェで2杯目を続けながら漫画の話も一応して、正門の前で別れた。東大正門から東大生に紛れて出てきた私はきちんと東大生に見えただろうか。東大生に見られたいがために週に数回ここへ通ってもいいかもしれない、と本気で考えたりした。

 夜は久しぶりに会う編集者の女性と打ち合わせ兼晩ご飯をご馳走になりに、完成した漫画原稿を片手に三軒茶屋の寿司屋に行った。
 彼女との仕事は「Maybe!」というおしゃれカルチャー雑誌で連載していた漫画で、新しい試みをということで全ページ鉛筆のみで描いている。画力が試される楽しい仕事だったが、鉛筆のタッチで表情、景色、すべてのディテールを埋めていくことで、必要な労力が相当なものだった。それがついに1冊分の原稿量に達したので、渡したのがこれで最後の原稿。
 いつか良い本になるときが楽しみ。

 そのまま家に帰るのがなんとなく嫌で近くの飲み屋にひとり寄ることにした。こういうことができるのは母親が月に一度上京してくれるからで今日がその日だからであり、なんとなく家に帰りたくないのも母親が家にいるせいである。年をとるにつれ母親は話が通じにくくなり、どんどん私の知らない女になっていく。そのことが私を少し滅入らせる。
 近くの飲み屋は年上の女の人がやっている。先客も年上の女の人で、私はかっこいいふたりの女性にここぞとばかり甘えたおした。初見の人に言うべき事でないことまで相談した。年上の女の人は元気をくれる、特に最近強烈にそう思うようになった。母親が年をとるのが滅入るのに反して知人女性に年上が増えるのはなんか勇気が出る。

 1時過ぎに帰宅してソファーでこれを書いている。私のベッドで年寄りの母親が寝ている。息子の部屋では花粉症の息子が息荒く眠っている。
 私は今日はあんまりうまく眠れる気がしない。

関連書籍