ラクするための経済学

第8回 仮想通貨が普及してほしい

仮想通貨前編

仮想通貨と聞くと、投資、不安定・・・などといったマイナスなことをイメージしてしまいますが、もともとの呼び名は「仮想通貨」ではなく、「電子現金」。そう考えると、その可能性がみえてきます。

現金の性質
 何年かに一回、町内会の役員がまわってくる。細かい用務が色々あるのだが、会費の集金はとりわけ重要なものだ。これは近所を一軒一軒まわって会費を集めるのだが、いささか面倒だし、タダ働きなので人件費の持ち出しである。幸い私の地域はみなスムーズに支払ってくれるし、お釣りが要らないようお金を用意してくれる人も多い。
 でも、これ、それなりの手間だと思うのだ。
 町内会費が年間2400円とすると、これをきっちり払うためには千円札を2枚と百円玉を4枚用意せねばならない。なかには百円玉が足りないから自動販売機で小銭にくずした人がいたかもしれない。もしそのために130円のジュースを買ったのだとしたら、2400円を支払うため130円の費用がかかったことになる。これはけっこう高い。
 お金の移転はタダではない。集金の手間や、小銭を用意する費用がかかる。そういうコストをかけないで、もっとラクにお金の移転ができないか、というのが今回のテーマだ。
 町内会費でいうと、現金のやり取りだから、こうした手間や費用がかかる。現金は物理的な形態をもち実在するモノだから、対面的な受け渡しをしないと、人から人へ移転できない。そしてまた、モノだから、人から人へと直接的に手渡せる。当たり前だが、あいだに銀行やカード会社といった仲介者は入っていない。これらの点をまとめておこう。

現金の移転 特徴①[対面的な受け渡し] 移転には、人から人への対面的な受け渡しが必要である。

 現金の移転 特徴②[仲介者の不要] 移転のさいに、仲介者を要さない。当然ながら、仲介者への手数料はかからない。

銀行振り込みの性質
 現金の移転と対照的なのは、銀行振り込みだ。銀行振り込みでは、人から人へモノが移転するのではなく、電子情報である預金残高が移転される。もちろん人から人のあいだに銀行という仲介者が入っており、手数料をたとえば432円とる。銀行預金の移転の特徴をまとめておこう。

銀行預金の移転 特徴①[電子的な受け渡し] 移転は、ATMを端末とする銀行のコンピュータシステムによってなされ、人から人への対面的な受け渡しは必要ない。

銀行預金の移転 特徴②[仲介者の必要] 銀行という仲介者を経由して、人から人へと移転がなされる。銀行への手数料がかかる。

 現金と銀行預金は、どちらもお金の形態である。現金が不便な点をあげると、高額の現金を受け渡すのは危ないし、自分で遠方に届けるのは大変だ。そういうときには銀行振り込みを使うのが一般的だろう。ただしこれには振り込みサービスへの手数料がかかる。国内だと432円程度、海外への送金だと通常の手数料2~4千円に加えて、為替手数料が0.05%ほど取られることが多い。国際送金は高いのだ。
 ちなみに現金書留は国内限定のサービスで補償の上限が50万円であり、それ以上の金額を送ることは標準的な用法と想定されていない。また、クレジットカードや交通系の電子マネーは、人から人へ送金できず、取引を仲介するカード会社が3~4%の手数料をとる。つくづく、お金をつかうのもタダではない。

理想のお金
 理想的なお金の形態とは、どのようなものだろう。
 高額であっても、遠方であっても、人から人へ送れたほうがよい。これは銀行預金というお金がみたす性質だ。また、手数料をとる仲介者はいないほうがよい。これは現金というお金がみたす性質だ。
 高額でも、遠方へも、ということを考えると、電子的な形態のほうがよい。仲介者を要さないことを考えると、現金の形態のほうがよい。良いとこ取りの「電子現金」があればよいのだ。
 これを大真面目に目指して作成されたのがビットコインだ。ビットコインは2008年に謎の人物サトシ・ナカモトにより公開された、いわゆる仮想通貨の先駆けである。サトシ・ナカモトの正体は不明であり、和名だが日本人と決まっているわけではなく、そもそも一人の人間ではなく集団かもしれない。ビットコインは、スマホの電子財布(ウォレット)から、暗号を使って電子メールの送信のように、人から人へと送金できる。
 ビットコインを皮切りに、いまでは1000を超す有象無象の仮想通貨が世に出ている。ちなみに現在、英語では、仮想通貨(virtual currency ヴァーチャル・カーレンシー)ではなく、暗号通貨(crypto currency クリプト・カーレンシー)というのが主流である。これは電子上のお金の受け渡しに暗号技術を用いているからだ。
 とはいえ「仮想通貨」も「暗号通貨」も、通貨の形態の特徴をとらえた呼称ではなく、「電子現金」というのがふさわしい。おそらくサトシ・ナカモトは、こうしたことにきわめて自覚的で、ビットコインの基本設計を説明する論文では「電子現金」(electronic cash エレクトロニック・キャッシュ)という言葉を使っている。

電子現金
 ビットコインをはじめとする仮想通貨へは、よい印象をもたない人も多そうだ。一時期のバブル的な暴騰や、大手取引所へのハッキング、マネーロンダリング対策の不徹底など、ネガティブなニュースは多い。まあ、ちょっと、うさんくさい感じがするのだ。
 それと、仮想通貨という名称があまりよくない。「名は体を表す」になっていない。仮想通貨ではなく、電子現金と呼ぶほうが、電子であることの意義と、現金であることの意義が明確になる。先ほど述べたように、それは両者のよさを兼ね備えた、新時代の通貨の形態なのだ。
 これまで電子現金が技術的に難しかった理由は、電子情報はコピーしやすいことだ。偽札が作りやすい。偽札を作るというのは、電子だと「同じ情報で二重に支払う」ということで、二重支払い(ダブル・スペンディング)という。紙幣なら偽造は案外と難しいし、一回使うと先方に渡っているので二重の支払いには使えようがない。
 最近よく聞く「ブロックチェーン」とは、二重支払いをさせないために、「すでにこのお金は別の人に移転した」と記録する新技術のことだ。記録の置き場が、銀行の「集中管理所」のようなものでなく、一般人のネットワーク上に無数に点在しているので分散型と言い表される。
 詳細はさておき、電子現金は基本的に、スマホに入れた財布アプリを使って他者に移転できる。町内会費でいうと、役員が各家庭を集金におとずれる必要はない。2400円の支払いのために小銭を用意したり、振込手数料を支払ったりしなくていい。ただ、「この財布にいくら入金してください」と、町内会長か誰かがメールを一括送信すればよい。人間が直接集金におとずれるほうが支払いのプレッシャーは高いかもしれないが、現行のやり方がその対人プレッシャーで支払わせているのなら、それはそれで問題ではなかろうか。
 そこで思うのだが、仮想通貨(と呼び名を戻すが)、そろそろ普及してくれないだろうか。ビットコインでもリップルでもいいから、スマホの電子ウォレットで町内会費を送金できるようになってほしい。
 とはいえ、まだそのようにはなっていないし、これらの仮想通貨が万能なわけでもない。移転のコストは格安だが、独特の不便さもある。そもそもリップルについては、目指すものが現金の新形態ではなかったりする。でもこれらは間違いなく、通貨の新時代を開く起爆剤だ。

後半に続く(後半は9月21日公開予定)