恩田陸「spring」連載直前インタビュー

恩田陸 バレエ小説「spring」連載直前インタビュー

祭典前夜のプレパラシオン

待望のバレエ小説「spring」がスタートする恩田陸さんに、連載直前の想いをうかがいました。PR誌「ちくま」2020年3月号掲載予定の初回をどうぞお見逃しなく。

 

──『チョコレートコスモス』や『蜜蜂と遠雷』ではオーディションやコンクールを書きたいという動機があった、とおっしゃっていましたが「spring」についてはどうでしょう?
恩田 今回は、そういった順位を争うような物語とはちょっと違う感じにしたいな、と思っています。

―─ダンサー同士が「王子の座」を争ったりはせず?
恩田 ツィスカリーゼ校長(ワガノワ・バレエ・アカデミー現校長)みたいな人が出てきたり?(笑)
 それはそれで面白いんですけど、1人のダンサーにとって「踊る」とはどういうことなんだろう、「踊りたい」とはどういう感情なのか、ダンサーとはどういう存在なのか、といった問いにより焦点をあてて描きたいです。どういう時に人は「踊りたい」と思うのか、「踊れるようになる」とはどういうことなのか。
 たとえばレッスンを観てみても、「踊りになっている」人って、最初から踊りになっていると思うんですよ。テクニックがあってとても上手なのだけれど「踊りになっていない」人がいる一方で、技術的には拙くとも「踊りになっている」人がいる。ダンサーの魅力とか、存在感というのにも色々あると思いつつ……。
 私は日本舞踊も観るんですが、日舞の先生も「うまい踊りより、いい踊りを目指しなさい」とおっしゃるんですよね。京舞井上流の家元・人間国宝の井上八千代さんは、先代のお弟子さんにこんな風に言われたんだそうです。「先代はスッと前を見ただけで千里先まで見えている感じがしたけれど、あなたが見てるのはせいぜい数メートル先だ」、と……。深い、ですよね。そういった踊ることの深みも、書いていきたいと考えています。

──第一線でご活躍されているプロのダンサーの方からも、「スタイルもいいし、美人だし、技術的にはすごく上手なはずなのに、なぜか見ていてつまらないダンサーもいる」というお話は聞きましたね。
恩田 その一方で、基礎もとても大事です。公演はもちろん、いくつかタイプの異なるコンクールを観に行って感じたのですが、クラシック・バレエの基礎を持たないダンサーのコンテンポラリーって全然よくないことが多かったんです。振り付けにしても、何をやっているのかがわからなかったり、何を表現したいのかが伝わらなかったりするんです。クラシック・バレエがベースにある人たちが踊るものは、どれだけ若いダンサーだとしても面白く感じました。まずは「型」がないと、崩すこともできない。クラシックという「型」が踊れなければ、コンテンポラリーを踊ることは難しいのだな、とつくづく思います。
 そういったことを考えていくと、ダンサーの「個性」「魅力」って不思議ですね。世界で活躍される方というのはどんな分野でも、タフさというか、素朴さ、純粋さというものを持っているというのは感じます。そういったある種……愚直とも言える独特の強さをお持ちだな、と。

──ちなみに、恩田さんはどんなダンサー、どんなダンスがお好きですか?
恩田 そうですね……作品としては「アグレッシブなもの」でしょうか。ダンサーは……素晴らしいダンサーは大勢いますが、やっぱりNoismと金森穣さんは初めて観た時からずっと、本当にすごいと思っています。

──「spring」の企画立ち上げ当初にも、真っ先に金森さんのお名前を挙げられていました。
恩田 肉体のスピードが速い人が好きなんですよね。「動作が速い」のではなくて……人はそれぞれ「自分の身体の中のスピード」を持っていると思うんですけど、金森さんはそれがめっちゃくちゃに速い! 好きなダンサーはそういったタイプの方が多いです。ちょうど先日、英国ロイヤルバレエ作品の映画館上映を観てきたばかりなのですが、そちらに出演されていた平野亮一さんもいつもとても素晴らしいと感じますね。
 現代のダンサーやダンサー志望の人たちは、求められるものが多くて大変だと他人事ながら思います。クラシックはできて当たり前、加えてさらにコンテンポラリーを踊る力も求められるし……。

──バレエには、非常に残酷な側面もありますよね。どれだけ豊かなイマジネーションを内面に秘めていたとしても、ダンサーはそれを「自分の身体」で表現するしかありませんし、身体を別人と取り替えることもできません。
恩田 年齢の問題も出てきますね。ダンサーとしての人生には限りがある。吉田都さんの引退公演を追ったドキュメンタリー番組で、吉田さんが「(引退公演を終えて)ほっとした」とおっしゃっていたのが心に残っています。いま、世界でトップクラスのパリ・オペラ座バレエ団が年金問題を巡ってストライキをしていますが、やはり年齢というのはそれだけ大きくかかわることなのだと思います。そして、残酷だからこその魅力もある。フィギュアスケートも好きでよく観るのですけれど、スケーターもまた年齢と身体の問題は避けて通れません。特に女子は、とても早い段階……10代からそういった問題に直面しなければならない。どちらも本当に厳しい世界ですよね。

── 一日たりとも、一瞬たりとも同じ身体で踊ることがないからこそ、ダンサーという存在に惹かれてしまいます。
恩田 「ダンスを観たい」と思ってしまう。私はもともとジャズのビッグバンドをやっていたんですが、ジャズのスタンダードナンバーにはミュージカル曲が多いんです。最初はあまりミュージカルは得意でなかったけれど、音楽をきっかけに観るようになって、そこからコンテンポラリー・ダンスにも興味を持って、さらにそこからクラシック・バレエも観るようになって──人間が踊っているのを観て「面白い」と感じるのはなぜなんだろう、と考えています。踊りを観ている人は一体何に対して快感を感じているのか。そのあたりも、作品で描けるとよいのですが。

──連載のスタートが本当に楽しみです。〆切も……近づいてまいりました。
恩田 まだ書ける気がしないんですけれども(笑)、がんばりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。


 

(2020年1月某日 筑摩書房にて)

2020年2月21日更新

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恩田 陸(おんだ りく)

恩田 陸

1964年、宮城県生まれ。92年『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞および第2回本屋大賞を受賞。06年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞を受賞。07年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞を受賞。17年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞を受賞。近著に『祝祭と予感』『歩道橋シネマ』『ドミノin上海』などがある。