単行本

『免疫学者が語る パンデミックの「終わり」と、これからの世界』、「はじめに」を全文公開します

「第7波」の感染拡大を受けて、『免疫学者が語る パンデミックの「終わり」と、これからの世界』の「はじめに」を全文公開します。この本を書いたのは、免疫学者の小野昌弘さん。「はじめに」には、「ワクチン接種が進めばパンデミックも終わると期待していた人は、なかなか「終わり」が見えてこないこの現実に落胆しているのではないでしょうか」と書かれています。「コロナ感染の再拡大、もう勘弁してくれ」という方にも、おすすめの一冊です。

はじめに

 2020年の春に新型コロナウイルスのパンデミックがはじまって以降、世界は淡い期待と失望、楽観と悲観のあいだを行き来してきました。流行が終わるたびに、これでパンデミックも収束するだろうという期待が高まりましたが、ほどなくして新たな変異株が現れ、急速な感染拡大が起きて、多くの人が亡くなってきました。

 パンデミックがはじまってからの最大の変化は、新型コロナウイルスのワクチンが開発されたことでしょう。これは大きな進歩でしたが、その効果は(当初、多くの人が考えていたようには)完璧でないということもわかっています。ワクチン接種が進めばパンデミックも終わると期待していた人は、なかなか「終わり」が見えてこないこの現実に落胆しているのではないでしょうか。

 このパンデミックを「終わらせる」ために、世界中の研究者があらゆる角度から調査・研究を進め、新たな知見が日々、得られています。これは素晴らしいことですが、パンデミックを扱う際にかかわってくる自然科学の分野はあまりに幅広く、たくさんの専門に分かれています。そして分野ごとに科学的知見が指数関数的に増えています。このため、誰にとっても、全体を見渡して状況を理解するのは難しくなっています。わたしたちは情報の海に溺れているのです。

 この時代をわたしたち一人ひとりが生き抜き、皆にとってよりよい方向を見出すには、パンデミックの全体を見渡せる「見取り図」がどうしても必要です。新しい知識を取り入れることは大切ですが、次々と情報がアップデートされていく現代社会にあっては、新しい知識ほど、またたく間に古びてしまいがちです。こうしたなかで重要なのは、時間がたっても古くならない科学的な知識を土台にして、新しい情報をじっくりと吟味し、自分にとって必要なものを取り入れていくことです。それによって、この時代を生き延びるための方向性が見えてくるはずです。

 パンデミックが今後、どうなっていくかを考えるに際して特に有用なのが、免疫についての基礎知識です。この状況を生き抜くために、免疫のはたらきを理解することは、誰にとっても重要です。私たちが毎日を生きるうえで、ワクチン接種や感染にどう対応するかが課題になっているいま、免疫学は日々の生活に役立つ科学といえます。ここで一番重要なのは、一つ一つの問題をどのように考えるべきか、どういった順序で考え、どこに重きを置いて考えるべきかを理解すること、つまり考え方の道筋を知ることです。それを知ってこそ、最新の知識が意味をもつようになります。このように、科学的な考え方の道筋を理解して、パンデミックの時代を生き抜くために役に立つ「見取り図」となることを目指して、この本を書きました。

 第1章では、パンデミックにおける中核的な問題である感染爆発と医療崩壊がいかなる理由で引き起こされたのか、感染した人が重症化するのはどうしてなのかを説明します。

 第2章では、新型コロナウイルスに対するわたしたちの免疫系の反応の仕方が「独特」であるために、感染爆発や医療崩壊といった社会的な危機が引き起こされること、またそれが起こる理由を、免疫の仕組みから解説します。この章ではイラストも使って、免疫のはたらきをわかりやすく説明しています。

 第3章では、ワクチンがわたしたちの体をどのように守ってくれるのか、免疫のはたらきをどのように助けているのか、ワクチン接種や自然感染によってできる免疫にはどのような性質があるのかを解説します。そこでは、新型コロナウイルスに感染してできる免疫の特徴と、ワクチン接種によってできる免疫の特徴とを比較しています。

 第4章では、新型コロナウイルスの変異株に光を当て、主要な変異株の特徴について説明するとともに、変異株の感染性と病原性がなぜ変化するのかを解説します。そしてウイルスの進化は、オミクロンの登場によっても終わらず、今後も新たな変異株が出現し続ける可能性が高いことを指摘し、新たな脅威となりうる変異株が発生した場合にそなえて、何が大切かを指摘しています。

 第5章では、これまで説明してきたことにもとづいて、パンデミックの時代を「わたし」たち一人ひとりが生き延びていくために、感染対策とワクチン接種をどのように考えればいいのか解説します。わたしたちの社会はいまパンデミックを乗り越えつつありますが、ここでは、それがなぜ可能になったのかについて理解を深めます。

 第6章では、パンデミック後の世界がどのようなものであるかを考察します。ウイルスの変異株と、わたしたちの免疫が将来どうなるかについてのいくつかのシナリオを、最新の知見にもとづいて検討し、ありうる社会の姿を描いています。

 最終章では、パンデミックがもたらす根本問題を再確認しながら、わたしたちがこのパンデミックをどのように終わらせられるのか、終わらせるべきなのかを考えます。

 今回のパンデミックがいかなるメカニズムで生じたのか、これからみていきましょう。そのうえで、この困難な時代にあって、わたしたちはいまどの地点にいるのか、どうやって生き抜くことができるのかを見きわめると同時に、パンデミックの行く末がどうなるのかを考察することで、このパンデミックを「終わらせる」には何が必要なのかを一緒に考えていきましょう。