選ばない仕事選び

第1回 仕事なんてやりたくない

作家でありながら、自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける、浅生鴨さんの新連載です。ゲーム、音楽、イベント運営、IT、音響照明、映像制作、デザイン、広告など多業界を渡り歩いた浅生さんなら「仕事について」「働くってどういうことか」について真摯に答えてくれると思ったのですが……。仕事なんてやりたくないという話が第1回に!?

 ゴロゴロしていたい

 

 もうずいぶん前から僕は仕事なんてしたくない、ゴロゴロしながら暮らしたいと言い続けているのに、そんな僕に対して筑摩の編集者・鶴見さんは、仕事やら働き方やらについての原稿を書いて欲しいと言ってくるのだ。しかも、できれば将来の仕事や働き方について迷ったり悩んだりしている中学生や高校生に向けて書いてくれと言うのだから困ったものである。

 頼まれたからには書かなきゃと思いつつ、しばらく書かずに放っていた。気づけば驚くほどの時間が経っていて、なるほどこれが「光陰矢の如し」ってやつかとあらためて驚いている。時の流れは思っているよりもずっと速いってことは、君たちもよく覚えておいてほしい。

 

 さて、これまで僕がなかなかこの原稿を書かなかったというか、書けなかったのには大きく三つの理由がある。

 一つ目は、こう書くと身も蓋もないけれど、僕は仕事をしたくないからである。とにかくゴロゴロしていたいのだ。ゴロゴロしながら本を読んで映画を見て海外ドラマを観て一日がそれで終わる。そんな暮らしが理想なのだ。それなのになぜ書かねばならないのか。それはゴロゴロするだけでは生きていけないからである。もしもゴロゴロするだけで生きていけるのなら積極的にゴロゴロしたい。そりゃもう誰よりもゴロゴロしてみせる自信が僕にはある。自信はあるのだけれど機会がないからゴロゴロできずにいる。

 

 そして二つ目の理由。それは僕はこれまで自分がやってきた仕事や周りの人たちがやっている仕事しか知らないことだ。僕はずっと流されるまま生きてきたので、やってきた仕事の種類を数えれば、たぶん同世代の多くの人たちより多いだろうとは思う。

 そうは言っても、世の中には本当にたくさんの仕事があるし、働き方だっていろいろあるのに、そのほとんどを僕は知らない。たいして知らないくせに、そんな僕が仕事についてあれこれ書くのは些かおこがましいのではないかとずっと感じていたのだ。

 

 そしてもう一つ。これが一番重要で、どこにも同じ人生なんてないってことだ。人はそれぞれいろいろな運と縁が重なった結果、たまたま今のようになっているだけで、誰かのやり方や考え方をそのまま真似たとしても同じようにはなれない。僕が上手くいったやり方を教えたとしても、君たちも同じように上手くいくかどうかはわからない。

 書店へ行けば『成功する方法』だとか『うまくいくためのルール』なんてタイトルの本がたくさん並んでいるし、ネットの動画なんかでもいろんな有名人が「こうしなさい」なんてアドバイスをしている。でも、それらはぜんぶ結果論だと僕は思っている。たまたま上手くいった人が本を書き、動画をつくっているだけで、みんなが同じやり方をしても上手くいくはずがないのだ。

 

 アドバイスを真に受けちゃいけないよ

 

 自分の人生は自分で決めるしかない。もちろん誰かのアドバイスを聞くのは悪いことじゃない。それまで知らなかったことを教われば選択肢は増えるのだから。けれども、アドバイスはしょせんアドバイスだから、あまり信じ込んじゃいけない。有名人だろうと先生だろうと保護者だろうと、アドバイスをしてくれた人が君たちの人生を生きるわけじゃない。自分の人生を生きることができるのは自分だけなのだ。

 僕の書くことだってしょせんはアドバイスの一つに過ぎない。今君が読んでいるこの文章だって真に受けちゃいけないのだ。

 

 そんな三つの理由から、仕事についてのこの原稿を僕はなかなか書けずにいた。

 でも、自分の将来について本当に悩んだり困ったりしている中高生がたくさんいるのなら、こんなに適当に生きてきた大人がいるんだよってことを知らせるだけでも、もしかしたら少しは安心してもらえるかもしれない。周りにいる大人たちとはまるで違うことを言う人がいてもいいのかもしれない。だんだんそんなふうに思えてきたのだ。

 だから僕は僕について書くことにする。将来のことなんて何も考えず、行き当たりばったりに生きてきて、仕事なんてやりたくないと今でも思いつつ、それでも僕は何となく楽しく毎日を過ごすことができている。それはどうしてなのか。仕事や働き方について僕がどう考えているのか。君たちにはそんなことを少しだけ伝えてみようと思う。でも、真に受けちゃいけないよ。

 

2024年4月4日更新

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浅生 鴨(あそう かも)

浅生 鴨

1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。出版社「ネコノス」創業者。ゲーム、音楽、イベント運営、IT、音響照明、映像制作、デザイン、広告など多業界を渡り歩く。NHKに入局後、制作局のディレクターとして福祉・報道系の番組制作に多数携わる。広報局に異動し、2009年に開設したツイッター「@NHK_PR」が公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、60万人以上のフォロワーを集め「中の人1号」として話題になる。2013年に初の短編小説『エビくん』を『群像』で発表。2014年NHKを退職。現在は執筆活動を中心に自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける。著書に『伴走者』(講談社)、『アグニオン』(新潮社)、『だから、僕はググらない。』(大和出版)、『どこでもない場所』『すべては一度きり』(以上、左右社)など多数。