ちくま新書

【悲劇】低収入男は女にモテない? 負けが負けを呼ぶ〈図式〉のウラ

社会学が全現実を暴く!

11月刊、山田昌弘『モテる構造』の「はじめに」を公開いたします。なぜアイツはモテるのに、俺はモテないのか?

 女性がジーンズをはいてもおかしくないのに、男性がスカートをはくと奇異な目で見られるのはなぜだろう。オリンピックの種目に、女性のレスリングやマラソン競技はあるのに、男性のシンクロナイズド・スイミングはない。女子大や女性専用車両はあるのに、男子のみの大学や男性専用車両もない。
 私たちは、日常生活のあちこちで、女性にはOKだが、男性はダメという現象に出合う。だけれども、それを差別と言ったり、改善すべきという意見を目にすることはめったにない。

男の生脚は見たくない

 女性活躍のかけごえで、「男性に限られていることを女性にも可能にしろ」という意見は、当然のこととして受け止められるようになった。パンツスーツで働く女性も多くなり、男性のみ入学可の大学はなくなった。ほとんどのスポーツでは女子種目も行われるようになった。しかし、日常的にスカートをはく男性を目にすることはまずないし、女子大に男性を入学させろという運動は起きない。シンクロナイズド・スイミングを男性にも広げろという意見は大きくならないし、男性専用車両を設けるという動きはない。
 男性がスカートをはくことは法律で禁止されているわけではない。しかし、スカートをはく男性に違和感をもってしまう感情はわれわれの中に根付いている。シンクロナイズド・スイミングの男性版は存在するが、積極的にそれを見たいという人は少ない。女子大に入学したいと申しでる男子高校生はめったにいないし、男性専用車両に進んでのりたがる男性も多くはないだろう。
 よく考えてみれば、これは、奇妙な現象ではないだろうか。私の専門分野は、家族社会学であり「フェミニズム」や「ジェンダー論」も学んできた。しかし、「女性に限られていることを男性にも可能にしろ」という主張はほとんど見られないことに気づいた。ジェンダー論に携わっている研究者も、この点については、ほとんど言及していない。それは、理屈というよりも、「違和感」などといったわれわれの中にわき上がる「感情」に基づいているからだと考えるようになった。
 研究者であっても、社会の中で生活する人間である。私の中にも、日常的にスカートをはく男性を奇異な目で見てしまい、男性が脚を水面にあげ美しく踊るシンクロナイズド・スイミングは見たいと思わないといった感情があることは否定できない。そして、そのような感情は、広く存在しているようにみえるのにもかかわらず、それを解明しようとする試みにはほとんど出合っていない。

できる女が何故モテないのか?

 さらにわれわれの社会には、別の感情に支えられた、男女で非対称な現象が存在している。それは、どのような人を好きになるか、どのような人がモテるか、という、「性的魅力」にかかわる問題である。私は、結婚や恋愛を分析する中で、そこでは、「背が高くスポーツで強い男性」は多くの女性に好かれる一方、「背が高くてスポーツが強い女性」が好きだという男性は少数という事実にいつも接してきた。逆に、女性は背が低くてスポーツが強くなくても男性から好かれないということはない。これは、「仕事ができる」「収入が高い」ということにあてはめても同じである。「できる男性は女性にモテる」「できる女性は男性にモテるとは限らない」という非対称な構造が厳然と存在している。
 この感情に支えられた「魅力」のジェンダー構造は、低収入の男性を好きになる女性が少ないという事実、そして、低収入の男性が増大しているという現実を介して、現代日本に結婚難をもたらす一因になっている。にもかかわらず、この感情自体に関して論じた研究はほとんど見られないし、社会的な問題になることもめったにない。というよりも、注意深く言及が避けられているようにも見うけられる。
 ジェンダー論の中心テーマである「性別役割分業」に関する現実や議論にも非対称性がみられる。「仕事にうちこみたい」という女性は多いし、称賛される。一方、「専業主夫になりたい」という男性は少ないうえ、好意的な目で見られない。「ヒモ」という差別的表現を使う人はまだいるのである。専業主夫になりたいと思う男性が少ない理由を論じた研究も少ない。これも、男性や女性に対する「感情」に根ざしているのである。

 

 

3つの「性別規範」ーーらしさ規範・性別役割規範・性愛規範

 本書では、いままでジェンダー論の中で避けられてきた、男女に関わる非対称的な「感情」に焦点を当てる。それがどのような構造を持ち、どのように性別による規範を作りあげているかを、らしさ規範・性別役割規範・性愛規範の三種に分類して、分析する(第2、3章)。さらに、性別による規範が、どのような効果もしくは性差別を社会にもたらしているか(第4章)、社会自体の構造が転換するなかで現在変化しているのか(第5章)の解明を目指す。社会学、ジェンダー論、精神分析学の理論を応用して考察を進めると、これらの感情に支えられた非対称構造は、実は、近代社会になって普及した「男は外で仕事、女は家で家事」という性別役割分業の構造と大きくかかわっていることが見えてくる。人がどのような対象にどのような感情をもつか、どのような人に違和感をもつか、どのようなことをしたいと思うか、どのような人を好きになるかは、成長過程に形成される。それが男女のどのような経験によって形成されるかを発達心理学的にも考察したい(第6章)。
 日本社会では、性別によって「生き難さ」に質的違いがある。その生き難さを軽減する助けに少しでもなれば幸いである。

 

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