笙野頼子

小谷野敦著『現代文学論争』をめぐって 第1回 告発と検証

小谷野敦博士、『現代文学論争』、における名誉毀損、事実誤認、無取材、不勉強、資料未読、奇妙な憶測、言語不明瞭、明らかな誤読、不当省略等、百箇所以上に関して

 読者の皆様、お邪魔いたします。のっけからとんでもない題で失礼します。といいますのも、──まず、このネットながらも大変穏やかな読書の場においていきなり、「告発」、です。そしてかつては助教授までおつとめになった方の御高説に対し、「検証」などと、つまり、これらの過激な語を博士とお呼びすべき小谷野敦さんの御名と並べております。なおかつその御著書に対し、いちいち決めつけております。例えば、名誉毀損、事実誤認、無取材、不勉強、資料未読、言語不明瞭、不当省略等のレッテルを貼り付けました。なんだかとんでもない言葉ばかり。
 え?「誰だこの笙野って口の悪い、いきなりこの小谷野博士を名誉毀損とは」ですって? いいえ事態はまったく逆です。つまり私はこの小谷野敦博士から年来それ以上の実害を受け続けてきました。なおかつ、筆でずっとそれと戦ってきました。ところが『現代文学論争』という御本、私を批判していながらこの真実を書いていません。やむなく本人が登場いたしました。もっとよい解決法があれば良いのですが、まあこれでも警察や裁判よりはずっと平和です。どうかお付き合いを。
 まず、この小谷野敦博士は、己の利益のために年来、ネットにおいて、多くのルール違反やいわゆる荒らしを行って来た。学歴差別、実名さらし、「死」、などとコメントする。自由な言論活動に行き過ぎた攻撃を加えてきた方です。それは時にいわゆる二次セクハラの形で一般女性に及ぶ、しかしそれで刑事告訴されて京都府警が来てもブログに刑事の名を書き、宣伝にする。別の意味でも頭のいいお方と言える。
 私に対しても名誉毀損、仕事の妨害、読者ブログへの「死」コメント、担当には小説中登場人物の削除要求(自分がモデルと称しています)までやってのけました。そればかりか最近、強要罪という聞き慣れない罪が適用出来るレベルになっています。
 しかもその罪の小道具としてこの筑摩書房刊行の『現代文学論争』は使われています。そういうわけで、ここに書かせていただいています。
 さて、この強要罪で告訴状が受理される確率はうちの弁護士さんによると普通より随分高いものです。しかしそれでも「我慢しなさい、出来る限り物書きは筆で戦うのです、原告になってはいけない」と弁護士の先生は私を止めています。

 「いくら物書き同士でもここまでひどければ警察は動いてくれる可能性がある。しかし、あなたはそれでいいのか、表現の自由に影がさしても」と。そう言われれば私は我慢します。年来、民事でも既に勝訴可能な小谷野の被害に関して私はずっと筆を執り耐えてきました。怒りを言語芸術に昇華して来た。受けた被害を普遍化、戯画化して書いてきた。
 だけどこの博士の著作物、本当に言論活動なのか? どこに真実があるのか? 公共性があるのか? 無取材で不自然な憶測を書き、批判されれば内容証明、しかも表現の自由に関し、この博士は平気で訴訟三昧だ。なぜ私だけが訴えを我慢するべきなのか。
 無論、筆で戦えば私は強いです。但し表現の自由のある場所でロジックを通してです。以前にこの博士が勝手に絡んできた時も当然間違いを指摘してまあやっつけました。
 ここで、話は少しさかのぼります。小説の傍ら、論争と言われる言論活動を私は年来、しております。今では小説と表裏一体になっています。昔は黙殺されながら活動を続けてきた。「経済効果だけで芸術の価値を計るな」と言い続けています。最初はマスコミ言語を批判したが、最近はネオリベラリズムやドイツイデオロギーの批判になりました。
 この論争、今では東大や東工大の教授から口汚くとも正論と言われ、大西巨人氏からは小説と共に認められた。私の特集があれば論争も入るし纏め本は二冊出しております。
 さあ、この二冊目の纏め本が出る直前、「新作小説を読む必要などほとんどない(『迷走する「純文学」擁護』より引用)」と称し、また論争の実戦もろくにしていない小谷野敦博士、もう終わりかけなのに茶々を入れてきた。
 長年の犠牲、いつも私は真剣勝負です。仕事は引く、地位を棒にふる、言論弾圧で誤解されネットで叩かれ、起き上がっては潰され名誉を回復するまでは死ぬような思いです。
 反論の時よりもむしろ論争文が出るまでが長く辛い。メディアに迷惑をかけまいと名誉毀損にも神経を使う。夜はうなされます。一生抱えていく資料の山(紙のです)。
 その集積を、『迷走する「純文学」擁護』(「新潮45」二〇〇四年十一月号)という題で、私、笙野が何の理由もなくただ暴れているかのように、小谷野は書きました。確かに論争はどんなのでも横から見ていると一般読者には大変分かりにくい。それを私の読者より不勉強のまま、誤解説、誤要約、です。そして彼は……そのエッセイの中で私が純文学の女性大家を批判しないといいました。その例として「津島佑子のような」とわざわざ書いてあった。

 ところが一方、私には「津島佑子様」という言葉で始まる批判がありました。津島氏から批判と受け止めた真摯な感想を頂いた。なのに小谷野はそれを、ないと言ったのだ。
 その他にも彼のこのエッセイには間違いがあった。金井美恵子氏の『目白雑録』が女を批判しない「叩くのは男だけ(引用)」と絡んでいる。しかし実際、少なくとも水村美苗、柳美里、尾崎真理子を批判してあった。その上この『目白雑録』、金井氏が私の論争を、リアルタイムで(正確に激烈に)論じてくださった文が入っている。ああ、その他にも一つ、二つ、三つ……えっ? 間違い二桁、まったくなんたる不勉強か! 全部の指摘は紙の無駄、私はただ津島批判があった事だけを教えてやりました。教えてやった! その結果は。
 ここ四年程何の根拠もなく小谷野のブログで、私は三百万円と謝罪を要求され続けています。彼はカテゴリーまで作っているので、すぐに見られます。この一月には三通目の裁判にするぞという手紙も来ています。さらに悪質な事に、家に来る彼の手紙には金額が書いてない。金はもういいと書いた傍から、要求です。だって次の日ブログを見たら寄越せ三百万って……「笙野さん牢屋に入れられる」と心配する古典芸能評論の方もいます。お金の要求が訴状草案の形式なので、善良な方は騙されるのです。
 でも逆ですよ、そんなもの公開しているだけでも刑法二百三十条に該当しますから。
 その他、三通来た提訴の予告のうち、一通は加害してやるぞという「警告」を兼ねたものであった。
 この手紙には巧妙にも刃物で害するという修辞があり、なぜか、自分はかつて精神病になったとも書き添えてある。どの手紙も曖昧で混乱しており、裁判の趣旨等、判りかねる。それに最初の分はもう裁判出来る期間が過ぎている。
 なのに今も続くこのお金の要求と裁判の予告の横で、彼のブログや新兵器ツイッターにはどんどん新手の中傷誹謗が登場します。内容はまたしても、私が○○を批判していない(実はしています)。そして私が狂人で狂った言動をする、卑怯者で文壇政治をする等と。さあ、ここまで読むと、先のひどい題名もむしろ控えめに見えませんか?
 だってそもそも今年一月二十日のブログなんて題名自体に「人迷惑な笙野頼子」という表現が入っている。これは博士が例によって私に投げつけた名誉毀損の語です。こっちが言いたいですよ。
 しかしその一方、もっといけない言葉を博士に投げつけて許された方もいる。「ワイネフ 小谷野敦 全面敗訴」で検索するとその根拠が出てきます。

 このワイネフ氏とは東大卒のインテリ禁煙ライターです。──一方小谷野博士は東大院卒の百円ライター使用博士です。彼はこのワイネフ氏に科学に関する「主観」を主張し、論争のポーズだけをとって逃げ回りました。ワイネフ氏は正しい科学知識を伝えると共に、彼を「バカ」、「インチキ文化人」と批判もしたので、この語の故に博士はワイネフ氏を名誉毀損で訴えて全面敗訴した。そう、ワイネフ氏は勝った。小谷野博士を「インチキ文化人」と呼んで許容された。
 要するにこの『現代文学論争』にもその類の、小谷野独特の「主観」がたっぷりと含まれております。無論、博士を信じる方ばかりとは限らないでしょうが、版元が老舗です。
 でも本当にこんな本出していいのでしょうか? だって、元々が一エッセイ、十間違いの、百円ライター。その延長線上でこの本は三百八十ページ。私に関する記述はほんの二十一ページ。
 でもたったそれだけの紙に間違いが、三桁、超えていました。無論内容は笙野とその論争についてだけで、三桁。
 もしこれが平均値なら本全体の問題点は千八百以上で……定価千八百円間違い千八百超です。
 出版の前に、この本には既に、反論や書かれた側からの抗議が複数発生すると予測されていた、ということです。関係者からこの件は明らかにされています。ただしこの博士にもし間違いがあっても要するに「主観」だから良いのではないかと言う意見が出て、本は間違いだらけのまま刊行されました。つまりそれ故に最初からこのウェブに反論の場所が設けられていた。
 だからって「主観」ですと? 実名取材無しで「主観」だけ? だがこんなもの、芸術性を問うべき創作評伝でもなし。そもそもこの人芸術作品を書く筆なんて持っていないでしょう? 岡留安則氏さえ、裏取り(本人確認または周辺取材等)なしの記事は謝りますよ。
 彼の証拠なし資料なし確認なし、つまり「主観」だけ裏取りなしのあまりのだらしなさについては、勝ったワイネフ氏の裁判記録から学会誌にまでも記されています。
 それにしても、裏取りなしの「主観」。それを「主観だから良いのでは」とは……品の良い老舗が陥りがちの罠でしょうね。この類の出版物に慣れていない。荒っぽい雑誌社の方が判っている。
 報道顔写真がでかでかと入り、生きている人間の事実も入れた。じゃあ多くの資料、取材で検証されるべき。これは良く言えば「ノンフィクションであるべき」本、悪く言えば読み物的スキャンダル本です。なのに信ずる読者がまあ……いたもので。

 「よくここまで調べたものだ」と、博士の作り出したお話に付き合う読者。そして「やっと判った笙野の論争」って? それよりもまだ生きてる私の本をお読みなさいませ。え? 小谷野のは読み物として面白い? そりゃあ、おとぎ話だもの、井戸端会議だもの。
 あまりに多い間違いを、なんで私がわざわざ訂正? と一瞬思いました。だけど悪意の研究家がひとりで某文豪を、地元で延々と誹謗し続け、ついに文豪の死後にマスコミがそのまま信じてしまった例もあります。ましてや、私は地味な作家、百年未来の、読者のために。
 筑摩に電話をして訂正の欄をくれと申し込みました。ウェブに既に、と即答です。その数百二十、いくら自分の訂正だって他人の本ならば証拠が必要。十年越えた論争の紙の資料(訂正1)をひっくり返し、箇条書きだけでも一ヵ月以上。
 あんまり数が多いので全部自分では気の毒だと、誤植や短いものはウェブの訂正欄で出せばと勧められて。だがたとえ誤植でも、著者の同意は必要です(そう、間違いだらけでも名誉毀損でもね)。ともかく彼でも判る文脈のない間違いだけを二十一選びました。それでも一ページにひとつありますよ。まず重役でもある彼の担当編集者とすりあわせ(私の担当はPR誌編集長です)。でも残った間違いの中に実はひどいのが。殊に不当省略は訂正に入らないし。
 博士のもっとも「人迷惑」なのは、持っている言葉の数が少ない事、その結果物事の意味や経緯に無頓着、細かい事を粗雑に扱います。時系列や事物の境界を説明出来ません。細部の大部分を空白にして、自分に都合いい「明晰」さを作り出す。その空白に根拠ないあり得ない裏話を配置する。以下それらを列挙してみます(番号は次回に出す具体例と呼応しています)。
 まず、(訂正2)論争の始まる理由や終わる理由を知らず、ただ笙野が吠えた怒ったと延々と書く。(訂正3)無論私の本を読んでいません。(訂正4)ディテールを不当に省略。(訂正5)読者が混乱に耐えがたくなった頃、実は笙野は美人を妬むが文句を言えず、男に八つ当たりしたそれが真相だと書く。笙野は哀れで心の捩じれた狂人(誰が?w)というわけです。(訂正6)内容どころか本の目次さえ読まないで出ている反論文を出てないと言う(私は卑怯者か)。(訂正7)資料として極力加筆なしに残した論争文を、あたかも改竄したかのように「加筆」と称する(博士のブログじゃあるまいに)。しかしこれらは要説明なので単純な訂正(訂正8)の欄には入れにくい。
 さてそのすりあわせ、まず重役が小谷野氏にお伺いを立てる。博士の代弁はするなと言い渡されます。それでもすりあわせの結果を重役氏は私に送ってきた。しかし実はこれを告知するには小谷野氏の同意が必要で、また、今後のやり取りに関しては編集者を介しての交渉では駄目というお話です。つまり博士はこの後、直接交渉を希望していますと……ほーら来た。炎上の煙、直接交渉とは家の軒先までついに火が来たわと思いました。

 なにしろ以前から博士のブログには、笙野に対する「主観」が延々と綴られています。直接接触した事もまったくないのに、まるで電話友達や親戚ででもあるかのように。笙野の内面や行動を彼知っているの? いえいえ全部「主観」です。ただ実名で空想を書くだけだ。私、彼とは面識もありませんよ。道で会っても、判りません。
 そもそもこの博士は常々、何の関係もない女性作家に対し、或いは女性学者に対し、なにかとこのような記述をします。またここからの延長線上で、ネタにするのは相手方からの直接のメールや反応です。つまりそれこそが、時に、元々の彼の中傷や脅迫への返答抗議なのです。そして博士はこれらの「戦利品」に平気で自分に都合の良い「フィクション」を付け加えます。また相手を誹謗出来るよう、例の充分な省略を行います。
 この方と今でも直接交渉がない事を私は不幸中の幸いと思っています。しかも呆れた事に彼はなぜかその最中に芥川賞の候補になってしまった。なにしろ普段から、彼はそのブログに大学ポストと文学賞の「主観」的裏話を書き続けています。別に私選考委員ではないですけど知り合いはいる。直接交渉等すれば彼らにまで被害が及ぶと思った。
 その上二〇〇四年の六月に都立大の掲示板で博士は「私信」が「裏取引」に繋がると自分で言っていた。で、今、求む直接交渉「私信」。訂正は振り出しに戻り結局ゼロです。また間に人を介していても……一月二十日のブログです。笙野の態度が「人迷惑な」と誹謗中傷。私が説明のために出した過去も勝手に公開(訂正9)。それでも私は「私信」の「裏取引」などは絶対断ります!
 こうして直接交渉という義務なき行為を、彼の、名誉毀損ツイッターやブログをバックに、私は強要されました。断ると一層被害が拡大。
 はい、連載第一回ここまでです経過説明だけ。そして次回は全体のたった六分の一程のしかも短い間違いをまず表にしてお届けします。でもここにこそ彼の百円ライターは燃え上がる。じっくりとお読み下さいませほんのとば口だけど大切です。

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