単行本

現代女性の仕事と友情とお稽古事

社会通念に挑戦するような“たくらみ”が話題を呼んだ太宰治賞受賞作『名前も呼べない』から一年半、ついに発売された伊藤朱里さんの待望の新刊『稽古とプラリネ』の、PR誌「ちくま」4月号に寄せられた瀧井朝世さんによる書評を公開! 日々いろいろなモヤモヤを抱えている女性を励ます『稽古とプラリネ』の魅力を、デビュー作のこともまじえながら書いてくれました。

 複雑な事情を抱えてもがく二十五歳の女性を描いた「名前も呼べない」(「変わらざる喜び」改題)で、二〇一五年に第三十一回太宰治賞を受賞した伊藤朱里。待望の第二作『稽古とプラリネ』は、前作と同じく友情が重要なモチーフとなっているが、こちらは軽快で現代的な描き方で、また違う一面を見せている。
 もうすぐ三十歳になる南景以子は、三年勤めた銀行を辞め、副業でやっていたライターを本業にして五年。女性ファッション誌でお稽古事体験記を連載する企画を始めたものの、一日や半日体験しただけでは面白い記事は書けないと気づき、事前に別の教室で体験してから本番に臨むようにしている。製菓教室、茶道、ピラティス、声楽……彼女が体験する習い事と、日常の中でさまざまな問題に直面する四季が綴られていくのが本作だ。商品名やアニメソングなどの固有名詞や俗語などをふんだんに取り入れて時代感を色濃く打ち出し、仕事や友情、生き方に悩む現代人への共感とエールが伝わってくる。
 長年つきあっていた恋人と別れ、明日どうなるかも分からないフリーランスの身である南。前作の主人公・恵那ほどの深刻さはないが、自分の居場所が定まらない感覚は同じだ。もうひとつ恵那との重要な共通点は、親友の存在。恵那には昼は男性として働き、夜はゴスロリファッションに身を包むメリッサという親友がいたが、本作の南には大学時代に自転車サークルで一緒だった友人、愛莉がいる。南が恋人にフラれた際には高級スイーツのやけ食いに付き合ってくれる相手で、ケンカもするけれどきちんと仲直りできる間柄。ただ失恋した親友に気を使ったのか、愛莉は自分の恋が進行していることを打ち明けず、そのことに気づいた南はショックを受けてしまう。
 この二人の友情の変化とともに、稽古先でのさまざまな女性との交流も描かれていく。製菓教室の講師・まりちーは若く、幼い口調で元カレの暴力の話まで明るく語って戸惑わせるが、調理の腕前と教える技術には確かなものがあり、南は好感をおぼえる。普段の生活だったらなかなか接点のないタイプと心を通い合わせる機会が生まれるのも、稽古事の利点だ。一方、明らかに高圧的な態度で遠まわしに嫌味を言う女性も登場する。いわゆるマウンティングというやつだ。ただ、そうしたタイプの女性の嫌らしさだけではなく、南がふと理解を見せる瞬間までも描くところが心憎い。世の中、性格のよい人間と悪い人間がいるわけじゃない。肩ひじ張って生きているなか、立場や状況によって、人の見え方は変わってくるということを、読者も一緒に気づくことになる。
 すべての人に気持ちよく接せられるとは限らない。誰だって人を不愉快にさせてしまうこともある。やがて南自身、その問題に直面する。実は彼女、少女時代の友人に対して後ろめたい気持ちを抱えてきたのだが、今になってその過去と向き合わなくてはならなくなるのだ。かつての友人に南ができることは何か、そもそも、何かしなくてはいけないのか。南も愛莉も読者も、そこで「友情とは何か」という大きな疑問につきあたる。いつも一緒にいるのが友情の証なのか、何かあった時に助けるのが当然なのか、すべてを打ち明けあうべきなのか――。終盤、愛莉がある人物に向かって南との友情について「嫌になったら離れる。それだけの関係なの、わたしたち」というドキリとする言葉を放ち、堰を切ったように語る内容が小気味よい。友情は当たり前に享受できるものではないと突き付けてくる。
 努力と思いやりの結果獲得されている南と愛莉の友情の厚さも羨ましいし、南とまりちーのように刹那的であっても互いに好感を持って交流した関係性も喜ばしい。南を不快にさせた女性たちも、さまざまな人生を背負っていることも分かる。女性たちは今日も、いろんな場所、いろんな状況で、いろんな形の関係に支えられながら頑張っている。そんな景色が見えてきて、励まされる一冊だ。

『稽古とプラリネ』の刊行を記念して行われた、伊藤朱里さんと加藤千恵さんの特別対談はこちら

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