ちくま新書

劇的に進化した日本酒の世界

 珍味をつまみながら、辛口の日本酒をちびちび飲る。悪くない。でも、日本酒の楽しみ方を、それしか知らないとしたら、もったいない。

 進化を続けてきた日本酒は、ここ数年で大きく花開いた。日本酒を売りにする居酒屋や洒落た日本酒バルが次々オープン。日本酒を味わうイベントは、前売りチケットが瞬時に完売。続々刊行される日本酒を特集する雑誌では、従来のような冬の風物詩的な扱いではなく、「モテる日本酒。」「日本酒な女子の皆様へ」など、日本酒がトレンドであることを訴えるタイトルが躍る。

 飲み手の層も広がった。これまで日本酒党と言うと、年配男性の専売特許のように言われてきたが、若い女性のファンが急増。居酒屋やイベント会場は、女性たちの熱気に包まれている。外国人からの注目度も上がっている。海外からソムリエやワイン醸造家が酒蔵の視察のために来日するようになり、私がワインの取材で海外へ行った折には、相手から日本酒について質問責めに合うこともしばしば。いま日本酒は注目の的なのだ。

 なぜ人気なのか。理由は明快。劇的に美味しくなったからだ。

 日本酒のマーケットは、出荷量がピークであった四十年前(一九七四年)の三分の一に縮小した。しかし、減っているのは「普通酒」と言われるアルコールや甘味料などを添加して造った日本酒。純米酒や吟醸酒など、丁寧に醸した高品質の日本酒は、年々売り上げを伸ばしている。つまり、上質で、美味しい日本酒に出会える確率が上がっているということだ。

 進化した今どきの日本酒は、バラエティも豊富である。スパークリングワインのように発泡する爽快なタイプや、旨味たっぷりで後口はキリリと引き締まったメリハリボディタイプ、白桃のように甘酸っぱくてジューシーなタイプ、出汁のようにしみじみと旨いタイプなど、実にさまざま。珍味や和食だけではなく、焼き肉やイタリアン、スイーツとぴたりと合うお酒も目白押し。しかも価格も手ごろ。幸せな時代がやってきたもんだ。

 反面、あまりにもバラエティがあって、何を基準に選んだら良いかわからないという声を聞く。変貌を遂げたせいで、これまでの薀蓄は通用しないと嘆く長年の愛飲者の声も耳に入る。

 そんな方々の一助になればと執筆したのが、『めざせ! 日本酒の達人――新時代の味と出会う』だ。酒蔵を巡り、居酒屋や自宅で飲み、三十年にわたってマジメに日本酒と向き合ってきた私が、見聞きしてきた知識や、一人の飲み手として実践していることを、まとめようと試みたのだ。

 たとえば、「居酒屋で極楽体験」として、酒メニューのチェックの仕方、美味しく飲む順番、料理との合わせ方の基本。「家飲みのコツ」として、酒屋で好みの日本酒を手に入れる台詞、家だからできる禁じ手など。また、ツウは辛口→トレンドは甘口、大吟醸酒こそ上質→あまり精米しない純米酒が旨い、酒処は北国→温暖な酒処に注目……といった変わりつつある常識など、新時代の日本酒を堪能する方法を、さまざまな角度から紹介。写真や図版も使って、わかりやすく解説することを心掛けた。

 さらに、進化の担い手である新世代の蔵元や杜氏五十五人の醸造哲学を取材し、横顔と共に掲載した。日本酒は造り手の投影であり、彼らの生き方を知ることは、作品である酒をより深く理解するための参考になると考えるからである。

 なお、コラムでは、日本酒ビギナーの酒井達人(たつと)という人物が、ホンモノの達人になるまでのストーリー「Road to the SAKE TATSUJIN」を描いた。ぜひ貴方なりの道で、日本酒の達人をめざしてください。