ちくま文庫

天才的アイデアマンが遺した遊びの秘密

ちくま文庫『横井軍平ゲーム館 ――「世界の任天堂」を築いた発想力』

 横井軍平さんが突然の事故で命を落とされた日、ぼくは所用で京都にいた。そのときは何も知らぬままに帰京したが、それから数日後、ふたたび京都へ向かうことになった。世界でいちばん尊敬している人物の葬儀に駆けつけるためだ。
 ぼくはゲームデザイナーとしてのキャリアのうち、かなりの時間を任天堂のゲーム制作に費やしている。当時所属していた会社が、おもに任天堂のソフト開発を外注で請け負っていたからだ。作ったゲームはたくさんあるが、そのうちの二作品が任天堂開発第一部の作品だった。そして、当時、開発第一部を率いていたのが他ならぬ横井軍平さんだった。
『ヨッシーのたまご』は、画面の上から落ちてくるブロックをマリオが受け止めていくゲームだが、途中まで作りかけたところでぼくらは行き詰まっていた。ゲームとしてそれらしいものに仕上がりつつはあったが、もうひとつおもしろさの核が見えてこなかったのだ。
 それでも、とりあえず試作品を持って京都の任天堂を訪ね、横井さんに見ていただいた。プレイすること数十分。横井さんは「これ、ボタン操作でマリオがブロックを持ったまま左右にくるりと回ったらどうや?」と言った。ぼくらはすぐにその意味を理解した。この処理を加えることで、パズルとしての遊戯性が格段に向上する。ゲームらしきものが、正真正銘のゲームになった瞬間だ。
『マリオとワリオ』は、迷路内をさまよい歩くマリオをマウスでゴールまで誘導してやるゲームだ。何度もの仕様変更を繰り返した末に、ようやく遊びとして成立するものが仕上がってきたが、やはり解決できない問題は残されていた。どんな難所もジャンプひとつで乗り越えるようなマリオが、なぜこのゲームでだけはヨチヨチ歩きしながら道に迷っているのか? そういう設定上の矛盾である。このときも、しばらくテストプレイをした横井さんが的確なアドバイスをくださった。
「誰か悪者にバケツでも被らされたことにしたらええよ」
 そんなことでいいんだ! でも、言われてみればそれがいちばん簡単で、確実な解決法だった。
 あの頃のぼくらは、社会常識もビジネスのルールも満足に身につけていなかったけれど、ゲームを作ることへの情熱だけは誰にも負けない自信があった。そんなぼくらが突き当たっていた壁を、いとも簡単に突破する人がいる。それも現場のクリエイターではなく、管理職という立場の人間が、だ。
 ぼくは高校時代にインベーダー・ブームの直撃を受けた。新しく登場した遊びのおもしろさに取り憑かれ、友人たちと学校帰りにゲームセンターへ通い詰めた。ところが、それから二年後にフィーバー台と呼ばれる射幸性の高いパチンコ機が登場すると、みんなゲームをやめてパチンコへ乗り換えていった。
 当時の親友に、なぜゲームをやらなくなったのか尋ねたところ、「ゲームはいくらお金を入れても儲からないからつまらない」という答えが返ってきた。たしかにパチンコで当たりを引けば、投資したお金は何倍にもなって戻ってくる。その快感はわかりやすい。けれど、ぼくにとってテレビゲームはお金を浪費するだけの遊びでありながら、不思議とパチンコよりもおもしろく感じられた。それはなぜなのか──。
 そうしたプレイヤーに快楽を与える仕組みのことは、一般的に「ゲーム性」と表現される。これはなかなか言語化しにくい曖昧な概念なのだが、本書『横井軍平ゲーム館──「世界の任天堂」を築いた発想力』を読むと、それを理解するためのヒントが随所にちりばめられていることに気づかされるだろう。
 ※本稿執筆中の二〇一五年七月十一日、やはり天才と称された任天堂の岩田聡社長までもが急逝された。世界のゲーム産業が失ったものはあまりにも大きく、哀しみは深い。

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