ちくま新書

いびつな教育論の実態とは?

教育改革ということで、学校にさまざまな変化が起こっています。しかしその根拠が、オカルト的な発想によるものだったら。その裏に別の意図があるのだとしたら……。その背景に迫る6月刊ちくま新書『オカルト化する日本の教育――江戸しぐさと親学にひそむナショナリズム』の「はじめに」を公開します。

 政府ないし政権与党が政策として国民を騙してきた ―― 戦後日本では、幾度もそうした事態の露見を繰り返してきた。特に、防衛や外交においては、それが政権を揺るがす大問題となったものである。ところが現在、その欺瞞(ぎまん)が明らかになっているにもかかわらず、政府の政策の基礎に置かれ続け、さらにそのことが大した騒ぎにもなっていない問題がある。その問題の焦点こそ、本書でとりあげる「親学(おやがく)」である。
 私は長年、偽書や偽史の諸相について調べてきた。その調査の中で、最近、教育現場や企業研修などに「江戸しぐさ」なるものが広まっている現象に気付いた。「江戸しぐさ」が実際の江戸時代の文化とはほとんど接点がなく、昭和生まれの現代人の創作にすぎなかったことについて、すでに私は『江戸しぐさの正体』『江戸しぐさの終焉』(星海社新書)という二冊の著書で考証している。幸い拙著は好評を以て迎えられ、各メディアの書評でもイデオロギーの枠を超えて好意的に取り上げていただいた。
 実は現在、教育現場で広まっている「江戸しぐさ」は本来の主唱者(事実上の作者)が説いたものとはやや異なる思想傾向のものとなっている。それは最近の教育現場への「江戸しぐさ」導入が本来の「江戸しぐさ」普及団体によってではなく、親学を媒介(ばいかい)として行なわれているからである。そして、この親学こそ現政権の教育行政にもっとも大きな影響を与えているイデオロギーなのである。親学の欺瞞はすでに指摘されているにもかかわらず、教育行政の担当者はそれを意に介する様子もない。それは親学が多くの政治家や教育関係者の支持を集めているからでもある。
 支持者は、親学に現代の社会と教育が抱える問題を解決するための期待を寄せている。しかし、前提となる事実の把握が間違っていたなら、そこから導かれる解決策も間違ったものにならざるをえない。そして、親学の根拠として挙げられるデータは事実としては怪しいものばかりなのである。政治家や教育関係者が、親学という歪んだ認識にとらわれている限り、教育に関する問題は混迷こそすれ解決に近づくことはないだろう。
 本書は、「江戸しぐさ」と親学の形成と、それが教育現場、教育行政に受容される経緯、そしてその背後にある戦後日本の隠れた思潮傾向(それはイデオロギーの左右には限定されない)を解き明かそうとするものである。
 なお、本書では敬称を略させていただいたことをお断りしておく。

2018年6月12日更新

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原田 実(はらだ みのる)

原田 実

1961年広島市生まれ。龍谷大学卒業。八幡書店勤務、昭和薬科大学助手を経て、歴史研究家。と学会会員。ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)会員。市民の古代研究会元代表。偽史・偽書の専門家。著書には『オカルト「超」入門』『江戸しぐさの正体――教育をむしばむ偽りの伝統』『江戸しぐさの終焉』(星海社新書)、『トンデモ日本史の真相――と学会的偽史学講義』(文芸社)、『つくられる古代史―重大な発見でも、なぜ新聞・テレビは報道しないのか』(新人物往来社)、『日本化け物史講座』(楽工社)など多数。