ちくま新書

日本のものづくりの強みは「技術を進化させる方法」にある

日本には日本の、ドイツにはドイツの、タイにはタイのものづくりの歴史があり、歴史がその国のものづくりの強みをつくる。 では、日本のものづくりの強みとはなんなのか。著者たちはそれを「現場で技術を進化させる力」だとする。 日本、ドイツ、タイの製造業の現場を歩き、日本のものづくりをその歴史から将来の課題まで見つめた『現場力――強い日本企業の秘密』より、まえがきを公開します。

 日本の働く人たちの現場は、健全に復活している。バブル崩壊以来の三十年近い日々は、そのまま現場の付加価値をつくりだす能力を鍛え直す日々でもあったといってよい。グローバル化とデジタル化の進展、そしてデフレ圧力のもとで、日本経済の基盤を担う個人と法人は長い困難を過ごしてきたが、生き残った現場(企業)は、変化する環境の中で、市場の仕組みを改めつつ固有の競争力を磨き、経営の健全性を取り戻しているといって差し支えない。
 本書は、日本の働く人の多数派が属する中小企業を中心に、まず企業の価値とは何か、そして企業の品質の基準とはどういうものかを確かめ、「継続する」ことの大切さを確認する。そのことは、企業の健全性を支えるのは固有の技術でありサービスであることと、それを支え生み出す組織としての能力構築の内実を点検する作業でもある。
 むろんその作業は誰がどのように、という具体的なものだ。AIで……とかIoTで……といった多義的あるいは不正確な言葉では説明にはならない。サービスのかたち、つくるべきものや製造設備の開発力、たえざる工程の改善といったことにより、職場はつねに「具体的」である。またその具体性は、国や地域によっても、歴史経路が異なるが故にそれぞれの特徴(固有性)をもっている。日本、ドイツあるいはEUの諸国、東アジア、ASEAN、アメリカといった地域の個別性には、いわゆる比較優位を生み出す違いがある。それは強みと弱みと言い換えてもよい。
 それゆえ私たちは「アメリカでは……」「ドイツでは……」といった事例によって日本の産業の目標やモデルを求めることに限定的な同意しかしない。それぞれの国や地域の文化は異なることによってこそ意味があると思うからだ。
 私たちは日本の現場志向のものづくり思想の源泉を振り返り、「よいものづくり」をする根拠を明らかにし、そのことが世界的な強さとなっていることを確認する。むろん技術はいつも進化する。しかし進化(深化)させる方法論はそれほど変化することはない。課題設定、方法論の開発、不確実性への対応といった基本能力の多くはアナログなものであり、デジタル化されにくい。つまり形はマネができても競争力の源泉はマネにくいものである。それはインターネットによって検索できたり、受信できたりするものではない。
 たしかにデジタル化とグローバル化は競争の土俵を変える。大きな景気後退などの出来事も同様だが、市場の条件が変わるのだ。つまりBtoC(企業と消費者)、BtoB(企業と企業)は、技術革新や物流の変化を伴いながら取引の方法を多様化させる。だがそのことは、巨大な設備投資が可能な大きい企業が一方的に得をして、小さな企業がますます困る、といったことではない。情報(通信技術)の多様化と多層化は、従来の取引(to)の変化を促すが、同時にチャンスの増大をもたらす。
 ともあれ、私たちの仕事と暮らしはいつも具体的であり、現地・現物を根拠地とする。それゆえ私たちは、いつ、どこで、だれが……といった実証を本書で大切にした。

2020年5月19日更新

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光山 博敏(みつやま ひろとし)

光山 博敏

1970年生まれ。公立鳥取環境大学経営学部准教授。立命館大学MOT大学院テクノロジー・マネジメント研究科博士後期課程修了。博士(技術経営)。信州大学グローバル教育推進センターを経て現職。著書に『地方創生のための経営学入門』(共著、今井出版)など。

中沢 孝夫(なかざわ たかお)

中沢 孝夫

1944年生まれ。高校卒業後、郵便局勤務を経て45歳で立教大学法学部入学。その後、兵庫県立大学教授などを歴任。博士(経営学)。主な著書に『グローバル化と中小企業』(筑摩選書)、『世界を動かす地域産業の底力』(筑摩書房)、『就活のまえに』(ちくまプリマー新書)など。

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