ちくま新書

ウソと借金まみれの祭典の真実
東京オリンピックは大失敗

贈賄疑惑、「7月の東京はアスリートがパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」「アンダーコントロール」、盗作疑惑、際限ない予算の肥大化、無償ボランティア搾取、そしてパンデミック下での強行……。数々の疑惑、混乱、問題をぜんぶ書いた『東京五輪の大罪 ――政府・電通・メディア・IOC』の冒頭を公開します。

電通の、電通による、電通のための東京五輪

 売上高約5兆円(海外含む)を誇る広告業界の巨人、電通はあらゆる国際スポーツイベント(世界陸上・世界水泳、ラグビーW杯、サッカーW杯等)の放映権や開催権を手中に納めた企業であり、その招致活動から東京五輪に密接に関わっていた。
 電通の石井直社長(当時)は東京五輪の招致決定直後、「電通はこの五輪で1兆円を稼ぐ」と社員にメールを送って叱咤激励したと言われている。招致から開催までの7年間のトータルとはいえ、たった一つのスポーツイベントで1兆円を稼ごうとは、五輪の巨大さを思い知らされる逸話だ。
 その電通は、2020東京大会のすべてを取り仕切っていた。すべてとは、招致活動からロゴ選定、スポンサー獲得、山のように放映されていたテレビやラジオCMをはじめとする五輪広報・広告活動、聖火リレー、全国で展開される予定だったパブリックビューイング(PV)をはじめとする五輪関連行事、そして五輪・パラリンピックの開閉会式と全日程の管理進行等、文字通り「すべて」である。
 そこに他の広告代理店はほとんど介在できず、基幹部分は電通の一社独占だったのだ。67社のスポンサーも電通の一社独占契約である。
 これが何を意味するかというと、五輪マークがついていたCMや広告、関連グッズにはすべて電通が介在し、その利益もすべて電通に集中していたということだ。これは極めて異常な状況で、過去の開催国でこうした例はなかった。まさしく「五輪の私物化」と言えるような状況であり、東京大会とは、まさに「電通の、電通による、電通のためのイベント」と言っても過言ではなかった。
 東京大会はスポンサー企業の数も異常だった。リオやロンドン五輪のスポンサーは一業種一社という取り決めがあり、全部で10〜15社程度だった。
 しかし東京開催が決まると、電通はIOCに働きかけて一業種一社制を葬り、何社でもスポンサーになれるようにした。その結果が異様なほどのスポンサー企業の膨張であった。
 15社のゴールドパートナーカテゴリーは5年間で1社150億円、32社のオフィシャルパートナーは同じく60億円、20社のオフィシャルサポーターは20〜30億円程度をスポンサー料として支払うと言われていた。
 組織委はスポンサー協賛金を3400億円と発表していたが、スポンサー企業を連れてきたのは電通であるから、組織委との間に入って管理料を取っていたはずである。つまり3400億円とは、電通の管理料を抜いた後の金額と考えられる。そしてもし電通の契約管理手数料が、日頃行われている他の業務と同じ程度なら、スポンサー料のうち約20%が電通の取り分になったはずだ。

〈スポンサー料の推計〉。
・ゴールドパートナー    15社×150億円=2250億円
・オフィシャルパートナー  32社×60億円=1920億円
・オフィシャルサポーター  20社×20億円=400億円
              67社合計=4570億円(組織委発表は3400億円)

 オフィシャルサポーターのスポンサー契約料を一律20億円としたとしても、総合計金額は4570億円となる。そしてその場合、電通の管理料合計は、なんと914億円となるのだ。その分を合計金額から引けば3656億円で、組織委が発表していた3400億円にかなり近くなる。まさに金城湯池ともいうべき仕組みであった(スポンサー契約に関する電通のマージン率について組織委に質問状を送ったが、守秘義務を理由に非開示)。
 しかし、過去に女性新入社員自殺事件を引き起こし、国によって書類送検されたような企業が、公平な競争や監視のないままで、このように五輪を私物化している状況は、異常であった。さらに同社社員のモラルの欠如は、開催準備期間中に起きたいくつもの事件に現れていた。その具体例を挙げてみよう。
・13年の招致活動時、JOCが2億円を賄賂目的で海外企業に送金した疑惑に関与。事件がきっかけで退任した竹田恆和氏は、国会で電通の関与を証言。また20年には、五輪組織委の理事を務める電通元専務の高橋治之氏が、五輪招致を巡り招致委員会から約9億円の資金を受け取り、IOC委員らにロビー活動を行っていたとロイター通信が報じた。
・15年のエンブレム盗作問題で、デザイナーの佐野研二郎氏の選定に不当に関与したとして、電通の槙英俊マーケティング局長と、高崎卓馬企画財務局クリエーティブ・ディレクターが更迭された。
・20年、開閉会式の演出担当メンバーで電通のクリエーティブ・ディレクターである菅野薫氏が、同社の関連会社社員に演出業務中にパワハラをしていたとして、19年末に懲戒処分を受け、演出担当を辞任した。
・21年、開閉会式の演出総合統括を務めるクリエーティブ・ディレクター、佐々木宏氏が人気女性タレントの容姿を侮辱したとして統括を辞任した。
 以上を見れば、電通という企業が五輪業務を独占的に扱ってきた弊害がよく分かるだろう。さまざまな悪評の元を辿れば、その多くは電通に行き着く。まさしく「電通の、電通による、電通のため」の東京五輪だったのだ。

感染者863人は少ないのか

 大会終了後の9月8日、IOCのバッハ会長は理事会で、「参加者の努力と結束により、大会はパンデミック下でも安全に開催できることが証明された」「(大会は)安全だったと言える。東京や日本の人々に感染が広がったと示すものは何一つない」と開催は成功だったと断言した。
 組織委の橋本会長も9月6日、「パンデミック後、世界で初めてのグローバルイベントであるオリ・パラを開催し、しっかりとバトンをパリにつなげたことを誇りに思いたい」と述べ、評価に関しては「歴史が証明してくれるものだと思う」などと総括した。
 丸川五輪担当相も9月7日、「感染対策が大きな課題だったが、検査や厳格な行動管理などによってクラスターとされた事例はなく、大会関係者から市中に感染が広がった事例も報告されていない。医療関係者の尽力と、国民の理解と協力があったからこそ、安全・安心な大会が実現できた」と強調した。
 では、実際の感染状況はどうだったのか。東京大会に関連した感染者は組織委発表で、五輪547人、パラリンピック316人の、合計863人であった。その内訳は、
・選手41人
・大会関係者 201人
・メディア関係者50人
・組織委職員29人
・大会の委託業者 502人
・ボランティア40人(NHK、9月8日)
 また、入院者数は25人だった。
 一方、組織委の発表によると、東京五輪・パラリンピックに関連して海外から来日した選手や関係者は7月1日から9月6日までに5万4236人、空港の検査で陽性が判明したのは54人、陽性率は0・1%だった。
 また、選手村や競技会場など大会の管轄下で行った101万7190件の検査では、312人の感染が確認され、陽性率は0・03%となった。これらの数字は、同時期の東京都内陽性率に比べれば相当低かったため、橋本会長や丸川大臣らは、バブル方式は機能したと誇示したいようである。
 だが、863人という数字は、あくまで五輪関係者として登録され、組織委が把握していた人数にしか過ぎない。アスリートや海外メディア関係者を除いた772人の日本人感染者の中には、家族と同居していた人も数多くいただろう。その人たちの家庭内感染者がゼロだったとは、コロナの特性上、とても考えられない。
 つまり、863人の五輪関係感染者の周囲には、明らかになっていない相当数の感染者がいたのではないか。だが、感染数を抑えたい東京都も国も、そこまで細やかな調査をしていない。五輪が感染爆発とは関係ないと言い張るのなら、772人の日本人関係者の家族まで含めた調査をすべきではなかったか。
 バッハ氏や橋本氏、丸川氏らは863人という数字を、全体からすればごく少数だと言いたいのだろう。だが、感染当時者にとっては、それは統計ではない。一人一人が、血の通った人間である。
 コロナには様々な症状があり、中には、今も後遺症に悩まされている人もいるだろう。その多くは、五輪・パラリンピックに従事しなければ感染しなかった可能性が高い。責任者たちの言う「五輪の成功」は、大勢の人々の計り知れない犠牲の上に成り立っていることを、彼らはもっと謙虚に認めるべきではないか。

究極のモラルハザード、東京五輪負の遺産

 前述してきたように、東京五輪には実にさまざまな問題があり、開催資格すら疑われるような状況であった。また、V2予算案が確定した17年には、開催費用が当初予定の2〜3倍以上になって巨額の赤字が発生することは、すでに分かっていた。
 つまり、招致時の「コンパクト五輪」などとはまったく異なる姿に変貌していたのであるから、その時点で五輪は返上すべきだったのだ。
 だが、国も東京都も組織委も、それを見て見ぬふりをしてきた。そして、本来は権力側の暴走に警鐘を鳴らす存在(ウォッチドッグ)であるはずの新聞社もスポンサーとなり、五輪の問題点を国民の目から隠し続ける役割を果たした。コロナ禍によってさらなる赤字額が積み上がったのに、それすら止められずに強行開催に至った。
 その結果、赤字額は4兆円を超えると言われているが、その責任の所在はうやむやにされ、大半は国民の税金で処理されようとしている。この無責任の象徴のようなスキームこそ、国家ぐるみのモラルハザードであり、究極の無責任の連鎖による、必然的結果ではなかったか。そしてこれこそがまさに、東京五輪が遺す負の遺産であり、大罪である。
 だが開催を推進した人々は、この明らかな破滅的失敗を、長い時間をかけて成功と改竄して歴史に残そうとするだろう。本書はそうした流れに抗い、「東京2020」は大失敗であったことを証明しようとするものである。

【目次】

序 章 東京五輪、負の遺産
第一章 巨大商業イベント、コロナ禍の強行
第二章 あらかじめ裏切られていた五輪
第三章 相次ぐ不祥事と電通の影
第四章 巨大なボランティア搾取
第五章 解決できていなかった猛暑対策
第六章 マイナスばかりだった五輪開催
終 章 東京五輪、3度目の敗戦
 

2021年12月7日更新

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本間 龍(ほんま りゅう)

本間 龍

1962年生まれ。著述家。1989年、博報堂に入社。2006年に退社するまで営業を担当。その経験をもとに、広告が政治や社会に与える影響、メディアとの癒着などについて追及。原発安全神話がいかにできあがったのかを一連の書籍で明らかにした。最近は、憲法改正の国民投票法に与える広告の影響力について調べ、発表している。著書に『原発広告』『原発広告と地方紙』(ともに亜紀書房)、『原発プロパガンダ』(岩波新書)、『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)、『広告が憲法を殺す日』(集英社新書、共著)ほか。

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