ちくま文庫

都築さんの元・担当編集者より

ちくま文庫『圏外編集者』(都築響一)書評

5月刊行の『圏外編集者』の書評になります。評者は筑摩書房で長らく編集者として活躍し、都築さんと数々の名著を世に送り出した玉川奈々福さんです。【PR誌「ちくま」6月号より】

 都築さんの担当編集者でした。作った本は、ちくま文庫で『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行 東日本編』『同 西日本編』『TOKYO STYLE』『賃貸宇宙(上)(下)』『夜露死苦現代詩』『珍日本超老伝』。単行本『ROADSIDE EUROPE 珍世界紀行ヨーロッパ編』『やせる旅』『東京右半分』『独居老人スタイル』。筑摩書房で二十三年間働いたうち、一番長い時間をともに過ごさせてもらった著者が都築さんだと思います。『東京右半分』と『独居老人スタイル』は、取材も同行したので一緒にいた時間が長いです。担当編集者として苦労した話はいっぱいあります。都築さんの企画を出すと、編集会議で全員、身構えます。「また、マクラ本?」(注:枕みたいに厚い本)。とにかく毎度、過去に例のないタイプの企画なので、戸惑われますが、ああ言ったりこう言ったりして、押し通してきました。
 編集作業の中で驚くこともいっぱいありました。まず『珍日本紀行』です。「一センチ角以上の余白禁止」。余白があらば、一センチ角でもいいから写真を入れ込み、欄外にまで小ネタを収集して入れ込み、みっしり紙面が埋まったこの文庫一冊にどれだけの画像が入っているか。いま画像はデータ入稿ですけれど、この本の写真はすべてフィルムです。それを何千枚スキャンしてレイアウトして、入稿はフィルムを見開き単位で枚数を数えて封筒に入れてダンボール箱に入れて……いま思い出すだけで気絶しそうです。
 そんなことより面白かったことのほうがずっと多いし、都築さんを見てきて、おのずと私に刷り込まれたことがあります。
 価値は人に与えられるものではない、自分で見つけるものだ、ということ。

「ほんとに新しいものに遭遇したときって、いきなり「最高!」とか思えなかったりする。(中略)それを「いい」と言い切るのには、もちろん不安もいっぱいある。(中略)自分のアタマとフトコロでジャッジする癖をつける」
 (ちくま文庫『圏外編集者』29-30頁)

 これです。オノレの価値観はオノレの力で作っていけ。担当した本の中で、都築さんが世間の価値観をひっくり返そうとした最たる例が『独居老人スタイル』。これは、取材を申し込んだ相手にずいぶん断られました。「独居老人」という言葉の持つ、マイナスのイメージ。そのレッテルを貼られることへの忌避。それを堂々タイトルに謳い、「独居老人」と言われることをものともせずに独居生活を謳歌している凄い高齢者たちを探し出して、丁寧に話を聞いて(都築さんは人の話を聞く名人です!)、「世にはびこる独居老人への誤解と偏見をぶち壊」さんとしたのです。もう一つ、忘れがたい仕事が『夜露死苦現代詩』です。いま、いちばん心にひりひりくる言葉はどこにあるのか、都築さんが見出したのは、寝たきり老人の独語であり、死刑囚たちの俳句であり、エロサイトのコピーであり……誰もそれを詩とは思わなかった言葉たち。その崖っぷちの言葉の凄みたるや。胸にずしんとくる仕事でした。

『圏外編集者』は珍しい本です。都築さんがご自身のことを語ることなんて、ほぼなかったから。意外だったのは「悔しい」という言葉がいくつも出てくること。いつも涼やかに見える都築さんなのに、それがエネルギー源だったのかと、今更ながら。
私が筑摩書房を辞めるとき、都築さんは「長嶋さん(本名)はボクを捨てて……」とおっしゃったけれど、ジャンルは違いますが、都築さんに学んだことを、いまは浪曲でやってる気がします。毎月の振り込みを打ち捨て、毎日のドキドキを採りました。自分がいいと思うことを形にすることを選びました。誰も振り返らなくなった芸能を、見出して磨き上げて、ほら! と世に見せよう。……都築さん的、じゃないかなあと思います。