ちくま新書

「心の法則」から、親との別れ方を考える
『親は選べないが人生は選べる』自著解題

「人の心を動かしている6つの法則」から、親とどう別れるのかを考えたちくま新書『親は選べないが、人生は選べる』が12月に刊行されました。親との愛着期、イヤイヤ期、反抗期を経て大人になっていく過程で、どのように親の人生観から脱して、自分の人生を選び取っていくのか? PR誌『ちくま』に寄せていただいた著者自身からのメッセージをぜひお読みください。

 老子の言葉で「知人者智、自知者明」というのがあります。
「人を知る者は智の者だが、己自身を知る者こそは明智の者である」という意味です。智の者とは、人のことをよく理解してその人を受け入れることができる人、明智の者とは、さらにその上を行く人で、己自身を知った人(悟りを開いた人?)という意味と言われています。
 この言葉を知って、はたと考えました。人を知ることと自分を知ることとは、何が違うのか? と。
 私は精神科医で、精神療法(カウンセリング)を行なっています。そこには、人を知ることと、自分を知ることの循環があります。カウンセリングの一番の基本は、人(クライアントさん)の心の動きをよく(1)「理解」して、それを自分の中で感じて、悩みを受け入れる、すなわち(2)「受容」することです。患者さんの悩みは理解できても、それを受容するためには治療者の自己理解が必要で、より困難が伴います。
(1)「理解」とは、クライアントさんの現在の悩みを理解し、その悩みが発生した過去の原因を理解して、その間の関係を理解することです。悩みには必ず原因があります。原因と結果という因果関係、心の法則を理解することになります。
 一方、(2)「受容」とは、クライアントさんの現在の悩みを聞いて「それは辛いでしょう」と思って共感することですが、それは自分(治療者)が、もしクライアントさんと同じような過去の原因を抱えていたら、まったく同じように私も悩んだでしょう、と思えることです。言い換えると、クライアントさんの心の因果関係を作り出している同じ法則が、自分の心の中にもあると知ることです。これができて、カウンセラーとクライアントは、同じ心の土俵に立って、心の悩みを一緒に解決していこうと動き出すことができます。
 私はカウンセラーのスーパーヴィジョンをしています。スーパーヴィジョンというのは、カウンセラーに治療の方法を指導・助言することです。相談に来るカウンセラーさんは、担当しているクライアントさんの心の動きを(1)「理解」することにはとても熱心で、私の助言もすんなり入っていきます。
 しかし、一方、クライアントさんを(2)「受容」することは、難しいようで、何度もつまずきます。クライアントさんの心と自分の心が、まったく同じ動きをしていることがなかなか受け入れられないのです。
 心を理解するとは、心がそれに従って動いている法則を理解することです。法則はすべての人の心に共通するものです。カウンセラーもクライアントもその同じ法則に沿って心を動かしている、それが理解できたなら、みんな一緒の仲間と思えて何か悟りを開いたような気持ちになるのかもしれません。
 本書のタイトルは『親は選べないが人生は選べる』です。自分がどんな親のもとに生まれるかは選べません。「もし別の親のもとに生まれたら?」と考えたことがあるでしょうか。「普通の」人はあまり考えることはないでしょう。
 しかし、虐待する親のもとに生まれて心の傷をかかえて生きている人は、いつもそれを考えています。小さい頃の親の影響は決定的で、その人の一生を左右します。それは自分の意志では変えられない深い、深い「因縁」のようなものです。
 私がこの本に別のタイトルをつけるとすれば、「人の心を動かしている六つの法則」となるかもしれません。どんな人にも共通な六つの心の法則を、生まれてから死ぬまで順を追って解説しました。心の法則①は、生まれた瞬間に動き出す「愛着の法則」です。そして、人生の最後に理解するのは、心の法則⑥「心は常に一貫性を求めて広がり続ける」です。
 この法則を示しながら、「普通の」幸せな家に生まれた人の人生と、虐待を受けて育った人の人生とを比較して、親の「因縁」を抜け出すことができるのかどうかを検証しました。

2023年1月10日更新

  • はてなブックマーク

高橋 和巳(たかはし かずみ)

高橋 和巳

精神科医。医学博士。1953年生まれ。慶應義塾大学文学部を中退、福島県立医科大学を卒業後、東京医科歯科大学の神経精神科に入局。大学では、大脳生理学・脳機能マッピングの研究を行った。都立松沢病院で精神科医長を退職後、都内でクリニックを開業。カウンセラーの教育、スーパーヴィジョンも行っている。著書に『「母と子」という病』(ちくま新書)、『子は親を救うために「心の病」になる』『人は変われる』『消えたい』(ちくま文庫)、『新しく生きる』『楽しく生きる』(いずれも三五館)などがある。

関連書籍