ちくま文庫

本にまつわる未知の世界へ

山田英生編『ビブリオ漫画文庫』書評

古書店、図書館など、本をテーマにした水木しげる、辰巳ヨシヒロ、つげ義春、楳図かずお、諸星大二郎らの傑作漫画アンソロジーの、仏文学者にして映画評論、漫画評論でも活躍する中条省平氏による書評をPR誌『ちくま』9月号より転載します。

『ビブリオ漫画文庫』、本をめぐる漫画のアンソロジーです。
 なかには、つげ義春の「古本と少女」のように有名な作品も入っていますし、松本零士、水木しげる、楳図かずおといった巨匠の名前も見られますが、全体を通読した印象としては、よくぞ、こんなに毛色の変わった、通好みの、面白い漫画を集めてくれました! と、その目くばりの広さと選択眼の鋭さに唸るほかありません。こんなわざは、よほど年季と根性の入った漫画と本の両方のファンでなければできないことです。まずは編者の山田英生さんに拍手を送ります。
 たったいま「本をめぐる漫画のアンソロジー」といいましたが、本書の漫画には、新刊書店はほとんど出てきません。収録十九作品中、十一作までが舞台として古本屋を扱っています。それ以外でも、貸本屋、古道具屋、図書館といった場所が選ばれています。
 なぜか? 理由は明白です。新刊書店の本にはない〈記憶〉が、古本、貸本、図書館の本には付随しているからです。古本には、その本が通りすぎてきた歳月、そして、かつてその本を読んだ人の思いや感情、さらには、当時その人に起こった様々なできごと、要するに、多くの未知の人びとの人生がまとわりついている感覚があるのです。
 古本がしばしばファンタジーと結びつくのもそのためです。
 本書でいえば、松本零士、水木しげる、諸星大二郎、うらたじゅん、近藤ようこの諸作は、極上の幻想譚になっています。唯一、楳図かずおの作品だけが古本ではなく、ある特殊な本を題材とするホラー漫画になっていますが、そこにはやはり〈記憶〉のテーマが刻みこまれていて、本というメディアそのものが〈記憶〉の装置であるということを雄弁に物語っています。
 どれも極めつきの名品ぞろいですが、私の個人的な好みでいうと、松本零士の「古本屋古本堂」が夢をテーマにして、SFと幻想物語を一分の隙もなく結びつけた奇跡的な傑作だと思います。
 主人公はロケット技術者として成功を収めた青年ですが、子供時代に買いたくて買えなかった漫画本をいつも古本屋で探し、見つけたと思うたびに失くしてしまう夢を見ています。あるとき、それらの漫画本を全部見つけて家に持って帰るのですが……。記憶に囚われた人間の喜びと哀しみを描きだして間然するところのない作品であるとともに、謎めいた最後の一ページによって、その記憶の亡霊を宇宙の彼方に解き放つような印象があるのです。半世紀近く前に手塚治虫の漫画誌「COM」で読んだとき大きな感動に襲われましたが、今回読み直して、ラストページの謎はいまだに解けないままでした。松本零士はいったいどういう意図でこれを描いたのでしょうか? その謎の余韻がいつまでも胸に響く漫画です。
 もちろん、古本屋や貸本屋を舞台にして、人生の一瞬をさらりとスケッチするような珠玉の漫画も収録されています。
 つげ義春を筆頭に、山川直人、つげ忠男、Q.B.B.(原作・久住昌之、画・久住卓也)、西岸良平、辰巳ヨシヒロ、南日れんなど、多彩な面々が漫画による人情咄に腕をふるっています。人生のペーソスが色濃く映しだされていることはいうまでもありませんが、同時にそこには、ままならぬ人生の理不尽を大らかに肯定するユーモアが、たっぷりと、あるいは、ささやかに交えられていて、私たちをほっとさせてくれます。読み終わったあと、人生ってこんなものかもしれない、という感慨が心に滲んでくるのです。
 本書のなかで唯一、古本とほとんど無関係に展開する痛快冒険漫画が、宮武外骨をモデルにした湊谷夢吉の「粗骨の果」です。これは出版に文字どおり命を賭けた奇人を描く歴史ものでありながら、「贋作」というサブタイトルが示すとおり、出版という事業が持つどこかいかがわしい祝祭性をみごとに描きだしています。こういう珍品をするりと忍びこませるところに、本書の編者の目の確かさがよく表れています。

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