ちくま文庫

「ほめる」コミュニケーションの本質に迫る

齋藤孝『ほめる力』解説

『夢をかなえるゾウ』などの著作のある水野敬也さんが、『ほめる力』からあらためて学んだ方法論とは?

 のっけからこんなこと言うのも何なんですが、この解説文の原稿料すごく安いんですよ。
 いや、一般的な基準からしたら全然普通なのかもしれませんが、ほら、私の場合、本が売れてますでしょう? 『夢をかなえるゾウ』シリーズや『人生はニャンとかなる!』シリーズは今もなお飛ぶ鳥落とす勢いで売れ続けており、もう、落ちた鳥が「万里の長城かよ」ってくらいうず高く積み上がっておるものですから、正直こういった解説文的な仕事は受けることはまずないのですが、今回、「齋藤先生の『ほめる力』の文庫版の解説書きませんか?」という依頼に対しては全力で飛びつかせていただくことになりました。
 齋藤先生が『語彙力こそが教養である』(角川新書)という本の中で、私のことを、「彼は、いい話をユーモアたっぷりに語ることにおいては天下一品です。人を文章で笑わせるのはなかなか難しく……」
 と、まさに本書の中にある技術をふんだんに使ってほめてくれたのです。
 それ以来、もし齋藤先生のお役に立てることがあったらなんなりと申し付けてほしいとクラウチングスタートで待っていたわけですから、「ほめる力」の威力は本当にすごいと思います。
 そもそも、この↑一六行の文章書くのに五時間かかってますからね。
 いや、最初は真面目な雰囲気で書いていたんです。『ほめる力』について解説文を書くのだから、まず、『ほめる力』という本書自体をほめてみてはどうかと考え、
「齋藤先生がこれほど長く実用書の第一線で活躍できている理由はこの本にすべて詰まっています。多くの実用書の著者は自分の経験談を話すだけにとどまり、それはえてして『自慢話』になりがちですが、齋藤先生の場合は、自分の話を出す際は、あくまで失敗談として紹介し、良い例として豊富な知識を引用しています。こうすることで、読者の自尊心を高めつつ成長をうながすことができ、このスタイルが徹底できているのは、海外で出版された優れた実用書だけであり……」
 しかし、こうした流れで書き進めて原稿の半ばに差し掛かったとき「こんな文章では齋藤先生を満足させることはできん!」と頭をかきむしることになりました。齋藤先生は、私の文章に対して「いい話をユーモアたっぷりに語ることについて天下一品です」とほめてくれているのです。
 そこで書いた文章をすべて捨て去り、ゼロから試行錯誤を重ねた結果、冒頭の一文「原稿料すごく安いんですよ」に辿りついたわけなのです(編集の柴山さん大変申し訳ありません! 本当は安いとは思ってませんので! 有り難く頂戴しておきます!)。
 つまりは齋藤先生のほめ言葉が私により良い文章を目指させたのですが──ほめる力には、「人の潜在能力を引き出す」という優れた効果があります。そして、従来の「ほめる」が「目上の人などにお世辞を言って取り入ること」を主眼にしているのに対して、「ほめる」ことの隠れた(かつ本質的な)効果が明記されていることが、本書が他の類書と一線を画している点だと言えるでしょう。そして、本書が「ほめる」コミュニケーションの本質に迫ることができた理由は、齋藤先生が教育者であることが大いに関係していると思います。数多くの生徒たちに接し、サポートする中で、「ほめる」という行為がいかに人を成長させるのかを実感していたからこそ、この本が書けたのだと思います。
 私が最初の本を書こうと決めてから一五年が経ち、作家志望や漫画家志望の若い人たちがウチの事務所に出入りするようになりました(ちなみに、私が作家になろうと決めた二〇〇二年のベストセラーは、齋藤先生の『声に出して読みたい日本語』でした。書店のベストセラーランキングを見るたびに羨望の眼差しを向け、また「俺もやってやる!」と自分を奮い立たせて書いた本が処女作『ウケる技術』です。その意味でも私は齋藤先生に育てて頂いたのです)。現在、私は、作家志望・漫画家志望の若い人の作品を見て意見する機会があるのですが、今回、この本を読み返して、改めて「ほめる」ことがいかに大事かを身につまされました。問題点を指摘するのは簡単です。しかし、その問題点をクリアしたいというモチベーション、そしてクリアできるという自信を持ってもらうことが何よりも大事で、その方法はすべて本書に書かれてありました。『ウケる技術』を書いていたころの自分にとって「ほめる」というコミュニケーションは、恋愛をはじめ「相手に気に入られる」ことがすべてだったので、時の経過によって違った発見があるのも本書の特長だと言えるでしょう。その意味でも、『ほめる力』の文庫本は手元に置き、折に触れ読み返していきたいと思います。
 ……と、ここまで書いて、「よし、なかなか良い感じでまとまってきたぞ」と筆を置こうとしたのですが、ふと、猛烈な不安に襲われました。それは、本書の第二章「土俵入りする感覚を身につける」にあるように、今、私が書いているのは齋藤先生の本の解説文なのだから土俵の外から眺めて書かねばならないはずなのに、冒頭から自分の話ばかりを書き連ねてしまってるということです。きっと、こんなわがままな文章に対しても、齋藤先生は優しくほめてくれるのだと思いますが、私自身としては、早速折に触れたようなので、この解説文を書き終え次第、再び本書を読み返すことにしたいと思います。

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