万葉樵話――万葉こぼれ話

第四回 和歌の表現の本質(一)

 

枕詞をどう見るか

 枕詞や序詞だが、教科書ではどのように説明されているのか。枕詞については、「ある一定の語を導くため直前に置かれる語で、通常五音からなる」、また序詞については、「枕詞同様、ある語を導き出すために用いられる語句であるが、かかる語は一定せず、通常七音以上である」とあり、その表現効果については、和歌のイメージを広げたり、複雑な効果を与えるための修辞とする説明が加えられている。誤りではないが、これらが和歌の本質につながる意味をもつ表現であることがまったく述べられていない。さらに、問題なのは、枕詞について「通常口語訳しない」とあることで、実際にも「これは枕詞だから、これを除いて訳しなさい」と指導されたという声を、しばしば耳にしている。枕詞の説明は、ほとんどなされていないのだろう。口語訳から枕詞を除くのは、和歌に枕詞がある理由を無視するのに等しい。説明が困難であるのは確かだが、口語訳から除いて済ませるのでは、和歌の本質には届かない。

 枕詞や序詞を修辞技法と見るのも誤りである。枕詞や序詞は技法ではなく、和歌を和歌たらしめている重要な要素にほかならないからである。

 そこで枕詞である。ひょっとすると、枕詞という用語そのものが、先の「ある一定の語を導くため直前に置かれる語」とするような理解を生んでいるのかもしれない。いまも「話の枕に」といった言い回しもあり、本題に入るための序のような意味が「枕」にはあるから、用語そのものが誤解を招く原因になっているのかもしれない。枕詞をこの意味で捉えてしまうと、被枕(枕詞をかぶされている言葉、枕詞によって導かれる語)こそが中心で、枕詞はまったくの添え物になってしまう。しかし、事実はまったく逆であり、枕詞と被枕の結びつきの中にこそ和歌の表現を支える本質的な意味があることを見ておかなければならない。そこで、その結びつきを能動的に捉え、連合表現の名でそれを呼ぶ研究者もいる。ただし、その呼称は一般的ではないので、ここでも枕詞という用語をそのままに使う。ただし、それは被枕への単なる修飾ないし添え物としての意味でないことは断っておきたい。

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