PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

真横に乗る人

不思議な話・1

PR誌「ちくま」8月号よりマーサ・ナカムラさんのエッセイを掲載します。

 この時期になると思い出すことがある。

 中学一年の時、部活動が一緒で仲の良かった高等部の先輩たちとお泊まり会をした。宿泊先は高校二年の先輩の家で、両親が病院を経営していることもあり、地上は三階、地下は二階まである大きな家だった。私はこの家で生まれて初めて、民家の食卓にぶら下がるシャンデリアを見た。
 夕飯の後、トランプや枕投げなど一通り遊び終えてから、みんなで銭湯に行った。風呂をあがる頃には二十三時を過ぎていた。
 夜道で、私は誰よりもはしゃいだ。つい最近まで小学生だった自分が、こんな夜遅い時間に、普段なら校舎も異なる高等部の先輩たちと一緒に歩いていることが誇らしかった。今頃、両親はもう寝ているかもしれないと思った。
 六月の生暖かい風が吹いていた。浮かれた私は白いバスタオルをターバンのように頭に巻きつけ、適当な歌を歌いながら歩いた。先輩たちも面白がって笑っていた。
 目の前に十字路があった。白い街灯が道を照らしている。そこを、自転車が一台、右からやってくる。二人乗りである。
 四十代くらいの女性が自転車を漕ぎ、後ろには大学生ふうの若い男の子が乗っている。女性は少し疲れたような顔をして、まっすぐ前を見ている。仲睦まじげに後ろに乗せた彼の方を見ようともしない。
 彼は髪を茶色く染めて、涼しげで綺麗な目元をしている。今時っぽい細身の体型。一目見て、かっこいいなと思った。
 正面で目があった。彼は私の頭に巻かれたターバンに目をやり、噴き出したように笑った。そして、女性の耳元に何かささやいていた。私は恥ずかしくて赤くなった。
 十字路を過ぎ、少し歩いてから、
「今の人、うちの隣に住んでいる人だよ」と先輩が言った。
「へえ。ラブラブですね」
 私は彼らに一矢報いたいような気持ちで言った。
 それからまた五分ほど歩き、まもなく家に着くという時、前を歩いていた先輩が急に振り返った。
「ねえ、なにを言ってるの?」
「私も、自分だけ分かってないのかと思った」と他の先輩たちが口々に言う。
 どうして自分より年かさの先輩がこんなにも男女の関係に疎いんだろうと、少し笑ってしまった。
「だって、こんな時間に二人で外にいるって、そういうことでしょう」
「なに言ってるの? 自転車に乗ってるの一人だったじゃん」
 思わず、え、と声をあげた。
「男の人が後ろに乗っていましたよね」
 私たちは顔を見合わせてから、悲鳴をあげた。先輩たちには、若い男の姿は見えていなかったのである。
 思い返してみれば、彼は自転車にはまたがらず、女性の真横、右肩に貼りつくようにして、自転車と一緒に動いていたのである。だから、左方向に向かう自転車に対して、彼と真っ正面で目があったのだった。
 それから私たちは、みんなで手をつなぎ輪になって家に帰った。
 恐ろしい出来事ではあるが、どこかおかしな思い出である。一人の先輩は、この日以来数珠を手首に巻くようになった。
 

PR誌「ちくま」8月号

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