単行本

職場は立体的な平面

西村ツチカ『ちくまさん』書評

西村ツチカさんの新刊『ちくまさん』をライターで「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」の主任講師も務めるさやわかさんにお読みいただきました。イラストとマンガの境を行き来するちくまさんの本当の仕事とは? 西村ツチカという作家の核心にも触れるユニークな表現分析です。

 二〇一七年から『ちくま』の表紙を飾った、西村ツチカの絵。その中にはいつもすました顔した「ちくまさん」がいて、さまざまな仕事で奮闘していた。落ち葉を裁縫する人、ゆりかご機関士、どの占いがあたるかを占う占い師など、本当に奇妙な仕事の数々は、表紙と連動した小さなコミックとして描かれていた。単行本『ちくまさん』は、彼女のそうした職業遍歴を、一冊にまとめたものだ。
 キュビスムやパピエ・コレのように平面性が意識された『ちくまさん』の画面は、言ってみればその世界をだまし絵のように作り上げたものだ。平面的で、だけど立体があって、同時にそれらが層状に積み重なっている。さらに、世界の解像度に注目すると、小さな部分をどこまでも細密に描いているのか、あるいは小さなものを極端に拡大しているのかわからないような不思議さもただよっている。このようにして、『ちくまさん』の絵は奥行きを面白く見せてくれる。
 それにしても、じっと見ていると、この世界の奥へと、どこまでも入っていけそうにも見える。だけどそこは、やっぱり平面的な場所でもある。これって一体、何なんだろうか。と、考えてみると、それはやはり、漫画、ということなのかもしれない。
 漫画は、読者がページの上、つまり平面で、目をすべらせるようにして物語を追うために作られている。そこには多く立体物が描かれているが、だからといってそれぞれのコマの中で、必ずしも奥行きが意図されているわけではない。むしろ平面的に描かれたものを読者が立体と錯覚しながら、あるいは奥行きを必要以上に意識せずに読むように描かれている。さらに、場合によっては、一ページ内の別々のコマにいる人物が互いに目を合わせたりして、意味を作り出したりもする。
 要するに漫画は、本当は、だまし絵のようなものなのだ。そして西村ツチカはマンガ家だから、『ちくま』のだまし絵のような表紙も、漫画のように描いていた。だからその中には、ちくまさんという「キャラクター」がいたのだ。
 ただ、ちくまさんが、そのさまざまな職業でなかなか悪戦苦闘するのも、彼女がそんな場所にいるせいでもある。平面のような立体のような、巨大なようでミクロな職業環境は、考えてみると、立っているのもけっこう大変なのではないか。少なくとも、僕たち読者にはちょっと無理だろう。単行本では、それぞれの奇妙な仕事において、ちくまさんもやっぱり苦心している姿が描かれていて、これが面白い。
 だけどやっぱりちくまさんは、僕ら読者よりも漫画の中を生きるのがうまいようだ。彼女はキャラクターなので、コマとコマを横断できる存在だが、まさにそのようにして、だまし絵のように構成された表紙絵の段差をひょいと飛び越えてみせる。
 もしかしたらそれが、彼女が職業人としてすごいところなのかもしれない。形とか、線とか、糸にまつわる職をよくこなしている姿を見かけるのも、むべなるかなといったところである。彼女は線と面を扱うのがうまいのだ。実際、ひとつひとつはなかなか骨の折れそうな仕事を、それでも彼女は楚々とした笑顔でこなしている。軽やかですがすがしい仕事っぷりは、彼女がだまし絵のような世界に紛れ込むことができる、キャラクターだからこそのものなのだ。彼女を好ましく感じるのも、そんな、僕たち読者にできないことをやれる、素敵な人だからなのだ。

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