ちくまプリマー新書

書きながら考えたことを、登場人物たちと著者自身が語り合う
『物語のあるところ――月舟町ダイアローグ』より本文を一部公開

小説家の「ぼく」は、自分の描いた物語の中にある町「月舟町」におもむき、おなじみの登場人物たちと語り合う。主題は「物語とはなんだろう」――〈クラフト・エヴィング商會〉名義でちくまプリマー新書全点の装幀デザインを担当されてきた吉田篤弘さんによる、ちくまプリマー新書の通算400巻記念作品『物語のあるところ――月舟町ダイアローグ』。本文の一部を試し読み公開いたしました。

 じつのところ、書く仕事のあらかたは考える時間に費やされている。それは少なく見積もっても結構な時間になる。そうなると、日常生活とのバランスが難しくなってくる。考えるだけで、一日を終えることはできない。食事をしたり、食事のための買い物をしたり、歯医者に通ったり、銀行に行ったりもする。本を読んだり、音楽を聴いたり、連続ドラマのつづきを観たりする時間もほしい。なにより、眠る時間を確保しなくてはならない。

 ときどき、寝食を忘れて何かに打ち込むのがいいことのように語られたりするが、本当に寝食を忘れるほど夢中になって得られるのは、いっときの喜びであるように思う。あとになって、取り返しのつかない疲弊がのしかかってくる。

 となると、寝食を確保した上で、「考える時間」を日々の生活の中に組み込まなくてはならない。

 そのための儀式、あるいは装置や方法のようなものとして、「月舟町へおもむいて考える」ようになった。これはようするに、心の置きどころの問題かもしれない。

体は変わらずここにあるけれど、心は月舟町におもむき、生活の中のちょっとした隙間の時間であっても、考えることができるよう、自分に仕向ける。

 この儀式が日々の当たり前になってくると、リアルな生活圏とは別に、もうひとつの町が頭の中に生まれる。それで、そこへおもむくイメージも容易に得られるようになる。

イラスト:吉田篤弘



 
登場人物たちと著者自身が語り合う、味わい深い小説論。
物語のあるところ ――月舟町ダイアローグ

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