単行本

撮影ご法度の男たち

書評『山谷ヤマの男』

山谷の食堂の娘として生まれた写真家・多田裕美子さんが山谷の男たちを撮ったフォト&エッセイ集『山谷 ヤマの男』を井上理津子さんに書評していただきました。PR誌「ちくま」9月号から掲載します。

 よいしょするつもりなどないが、「かっこいい」と思った。

「それで何か?」とこちらを見据える上下揃いのジャージの男、はにかみながらファイティング・ポーズをとる短パンにサンダル履きの男、あぐらをかいて地べたに座ってワンカップを握る野球帽の男、肩から二の腕にかけて刺青が覆うサングラスの男……。背景に何もない。黒い布をバックにした、ちょっといきがったモノクロームのポートレートが皆、私の目には「山谷の男」を演じる俳優のように見えたのだ。

 役目が終わった俳優たちは我に返り「ネエちゃん、どうだった、おれ」と照れて聞く。

「うん、◯◯さん、サイコーだよ」

 多田裕美子さんがそんなふうに応じると、男たちはニヒルな笑みをたたえ、物言わずにその場を後にした――。とは、私のまったくの想像だが、とにもかくにも男たちの姿は決まっている。これまで盛んに語られてきた、きつい労働、孤独、あるいは血気盛んなどといった山谷の文脈と異なる。山谷の男たちのケのようでハレ、ハレのようでケの面持ちとポーズだ。

 ブルーシートのテントハウスが並ぶ山谷の玉姫公園に、写真家の多田さんが一九九九年から二年間通い、百二十人を撮影した。本書に収められたのは、そのうちの七十人ほどと、風物等のモノクローム写真の数々。加えて、撮影した男や広く山谷にまつわるエッセイである。

 多田さんは、山谷に二〇〇一年まであった食堂の娘だそうだ。山谷で撮影ができたのは「地元」だからかといえば、そうでない。自宅は浅草だったし、店には行っても玉姫公園に足を踏み入れたこともなかった。山谷は顔が割れるとまずい人もいるから撮影ご法度が不文律だ。両親にひどく反対され、公園に「モデル募集。毎週土日、撮った写真は必ず渡します」の張り紙を貼って被写体となってくれる人を募った。撮影初日に「ここで写真を撮ったら女だって殴られるぞ」と睨みを利かしてきた男が用心棒を買って出てくれるようになったというから面白い。

 エッセイには、謎を秘めた男も登場する。「どこから来たの」と聞くと、空を指差して「おれは魔法使いサリー」と繰り返し言う、首から金のネックレスを垂らした男。誰に頼まれたわけでもないのに、いつも箒を持って熱心に公園を掃いている男。かと思えば、誰かから資金を調達してはおいちょかぶに精を出し、興が乗ると淡谷のり子のブルースを口ずさむ男。病院を退院して公園に戻ってきた男のテントハウスを建てるのに力を貸すことを惜しまない男たち。ここにはコミュニティーがしっかり根付いていることが浮かび上がったりもする。

 しかし、舐めちゃいけない。護身用に小刀を携帯する男が珍しくない。多田さんの父は食堂の客に腕を刺された。トイレから出てこないため心配して小窓から手を伸ばしたら、いきなりだった。刺した客は気が弱く、金の持ち合わせがないためトイレから出ることができなくなっていた。ぬっと入ってきた腕に驚き、衝動的に刃物で刺してしまった。父は、普段はそんな人でないからと事を荒立てなかったという。「父も山谷で生きる男たちの一人だったのだ」と多田さんは書く。

 そんなこんなの多田さんの筆致は、ポートレートの男たちへの眼差しと相まって、全編にわたりあたたかい。「おじさんたちのいきがる姿」に惹起されたからだと思えるのは、私も同じだからだろうか。実は私も山谷(と吉原)の街と人を点描したくて、ここ二年取材に通った。福祉の街と化してなお、一筋縄でなかった人生を垣間見せていきがる男たちにドキッとした。

 読後、去年の山谷夏祭りが、ありありと思い出された。「今日の仕事も辛かった」と歌手が歌うと高齢のおじさんたちが口々に「そうだそうだ」合いの手を入れ、大いに盛り上がった光景だ。本書に登場した男の何人かが含まれていたに違いない。

(いのうえ・りつこ フリー・ライター)

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