筑摩選書

誰もが知る遺跡の真実を誰も知らない
山田英春『ストーンヘンジ』書評

世界でもっとも有名な遺跡の一つなのに、謎が多く、迷信やデマも多いストーンヘンジ。そんなストーンヘンジを最新研究をもとに解説した山田英春『ストーンヘンジ――巨石文化の歴史と謎』(筑摩選書)について、吉川浩満さんに書評をいただきました。ぜひお読みください(PR誌「ちくま」2023年2月号より転載)

 ストーンヘンジ。誰もがその名を聞いたことがあるだろう。英国ロンドンの西約130キロに位置するストーンサークルで、世界でもっとも有名な遺跡のひとつである。円陣状に並ぶ巨石群のイメージがすぐさま脳裏に浮かぶ人も多いはずだ。

 だが、それがいつ、誰によって、なんのために、どのように建てられたのか? またどのように利用されたのか? こうした疑問にきちんと答えることはできるだろうか。おそらくできないだろう。

 それは先人たちにとっても同じだった。ストーンヘンジは、考古学者や歴史学者だけでなく、秘密結社の構成員やオカルティストなど、じつに数多くの人びとを発掘や考察に駆り立ててきた。テレビなどで悪魔や宇宙人とのかかわりを主張する説を聞いたことのある人も少なくないだろう。

 誰もが知っているはずだけれど、本当のところは誰も知らない。ストーンヘンジとは、そのような巨大な謎なのである。

 このたび、そんなストーンヘンジについての解説書の決定版というべき一冊が刊行された。決定版であるゆえんは、本書が次の三つの美点を備えていることにあると評者は考える。

 まずなにより、ストーンヘンジがいまどのような姿をしていて、元はどういうものだったのかについて、最新の研究に基づいた手堅い整理がなされている点。12世紀に初めて歴史文献に登場してから、ルネサンスを経て近代へ、そして放射性炭素を用いた年代測定や当時に暮らした人びとの遺伝子解析に基づいた最新研究にいたるまで、多様な研究成果がじつに手際よくまとめられている。著者は専門の考古学者ではないが、だからこそ本書は優れたガイドブックになったのかもしれない。特定の学説(自説)に固執することなく、ストーンヘンジをめぐる多様な研究に公平な態度で接するバランス感覚を支えているのは、ひとりのメガリソマニア(巨石マニア)としての矜持と使命感なのだろう。

 ふたつめは、研究史上に現れた著名な想像図や復元図から著者が自ら撮影した写真まで、美麗な図版が多数収録されている点。なにしろあのストーンヘンジである。図版がなければつまらない。本書は60頁以上のカラー頁と多数のモノクロ図版で存分に我々の目を楽しませてくれる。著者はこれまでブリテン諸島の巨石遺跡を100以上も巡ったそうだ。本書に収録された数多の写真は、著者(とそれに協力したご家族の)汗と涙の結晶であろう。それが選書の価格で手に入るのだから、読む側が恐縮するくらいである。

 そして三点目として、巨石文化に対する著者独自のスタンスについて触れたい。著者は本書で、直接のテーマであるブリテン諸島の巨石文化だけでなく、この巨石に対して今昔の人びとが投影してきた歴史観や世界観の変遷と多様性についても多くの紙幅を割いている。これは、現地の、また当時の巨石文化そのものだけでなく、そうした巨石文化について考え語る「巨石文化にまつわる文化」もまた広い意味での巨石文化に含まれているという著者の考えによる。そうなのだ。巨石たちは、我々の歴史観や世界観を映す鏡でもある。だから本書は、実証的研究の紹介を中心としながらも、巨人や妖精、ゴブリン、アトランティス人、アダムやノア、さらには宇宙人にもそれなりの居場所を与えている。本書は、当然ながら第一義的にはストーンヘンジについての書物であるが、じつは我々自身についての書物でもあるのだ。

 1980年代以降、日本ではストーンヘンジに関するまとまった考古学的解説書が出ていなかったのだそうだ。この長い空白を埋める本書の登場を言祝ぎたい。子どものころに聞きかじったストーンヘンジのイメージが刷新されること請け合いの一冊である。

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