ちくま新書

英語の見方・考え方・学び方をスイッチしよう!

お待たせしました! 好評新刊『英語脳スイッチ!』の試し読み公開です。英文法に現れる「世界の捉え方」のポイントを押さえ、英語の見方・考え方・学び方をスイッチしよう! 「そうだったのか」が連続の本書冒頭から一部を抜粋します。

皆様こんにちは。英語職人・時吉秀弥です。「職人=細部まで良いものにこだわる」の意気込みで英語職人と名乗り、英文法を研究しています。

かつては20年ほど大学受験英語を指導し、現在はビジネスマンを対象に、英語のスピーキング・ライティングを指導しつつ、『英文法の鬼100則』(明日香出版)をはじめとする英文法解説書・問題集を世に送り出し、なおかつYouTube チャンネル「時吉秀弥のイングリッシュカンパニーch」で英文法の解説を行ったりしています。

私は、認知言語学と呼ばれる言語学をベースに英文法を研究しています。この認知言語学というのは、文法を単なるルールの集まりと考えず、人間の世界の捉え方や、人間関係や感情の表れとして文法がある、と考える学問です。また、本編でも触れますが、単語や熟語が意味を表すのと同様、文法もまた意味を表すためにあると考える学問でもあります。

本書は筆者である私・時吉秀弥と、読者の皆さんとで、「英語脳とはなにか?」について考えていく本です。私は「筆者と討論する」気持ちで本を読むのが好きで、筆者の意見に対する自分の考えや気づきを、本の余白にびっしりと書き込みながら読書を進める癖があります。皆さんもぜひこの本を読みながら、遠慮なく書き込みなどして、私と討論してみてください。

▶本書が考える英語脳とは

この本の中に出てくる「英語脳」を定義しておきましょう。本書が言う「英語脳」というのは、英語という言語(そして英文法)の中に現れる、英語話者による「世界の捉え方」や「人間関係の捉え方」です。

「英語脳」を知ることは、英語学習にとって大きなメリットがあります。それまで法律の条文のように感じられていた無味乾燥な英文法が、「英語話者の考え方・気持ちの表れ」として理解できるようになるからです。

詳しい内容は本編に譲りますが、例えば前置詞の at や in や on はなぜ「場所」だけでなく「時間」も表せるのでしょうか? 例を見てみましょう。以下の文では on は「場所」も「時間」も表しています。

 There is a ball on the table.
テーブルの上にボールがあります。」

 We have a baseball game on Tuesday.
火曜日に野球の試合があります。」

同じ1 つの単語が「場所」も「時間」も意味することを「ルールとして」説明されると、我々学習者はそれを素直に飲み込み難いのですが、「英語脳」を通して見ると、There is a ball on the table. は「テーブルという場所の上に、ボールが存在している」ことを表し、We have a baseball game on Tuesday. の方は「火曜日という舞台上(=時間的な場所の上)で、私たちは野球の試合を抱えている」ということになります。

このことから、英語話者は、「触ることも見ることもできない『時間』という概念を、具体的に実感できる『場所』という概念に譬(たと)えて理解しているのだな」ということがわかってきます。

私たちは英語の授業で、人に物を頼むときには Will you ~? や Can you ~? よりも Would you ~? や Could you ~?の方が丁寧に聞こえると習います。以下の文はどちらも「窓を開けてもらえますか。」と訳せますが、Would you ~?の方が丁寧に聞こえます。

 Will you open the window?
 Would you open the window?

過去形が「丁寧」を表すなどと、単に「ルール」として教わっても理解しにくいわけですが、これを「英語脳」を通して考えてみると、「現実である現在と、今はもう現実ではなくなった過去の間には『時間的距離』がある。この『距離』を人間関係の『距離』に応用することで敬意を表しているのだな。『敬意=距離をとること』だと理解しているのだな」ということが見えてきます。

また、実は Would you open the window? よりも、Could you open the window? の方が丁寧に聞こえるのですが、これは英語に一貫して流れる「相手の意思に立ち入らない」という、英語脳が持つ「丁寧さの根っこ」を示しています。このことも本編で詳述します。

▶文法は「合っているか、間違っているか」ではない

英文法をただの言葉のルールとして考えると、「ルールに合っているのか、間違っているのか」だけを気にしてしまいがちです。

しかし、本書が主張するように、英文法を「英語話者の気持ちの表れ、世界の捉え方の表れ」と考えると、「他にも『文法的に合っている』言い方はあるけれど、自分はこんな気持ちを表したいから、ここではこの言い方(文法)を使うんだ」という方向から英文法と向き合うことができるようになります。つまり、英文法が、「英語で気持ちを表すための道具」として、あなたのために働いてくれるようになるのです。

英語の学習自体に興味がない人も、この本を読んでみてください。私が研究する認知言語学という学問では「言語の違いは(ある程度ですが)話者のものの捉え方に影響を与える」と考えています。外国語を勉強するということは、その言語を話す人たちの心の中を覗くことであり、そして、翻って私たち日本語話者がどのように世界を捉えているのかを客観的に知る機会も与えてくれます。

たとえ英語が話せなくても、考え方を知るだけでも、コミュニケーションには十分役立つはずです。それは英語だけでなく、日本語のコミュニケーションに対する見直しにもなります。外国語を学ぶ真のメリットは母語の運用能力の向上にあると、私は考えています。

  * * *

第1講 文法の違いは「ものの見方」の違い


▶言葉は客観的な事実を表さない

言葉を考える上でとても重要なことは、「言葉は客観的な事実を表さない。人がその事態をどう見ているのかを表す」ということです。

英語学習者の中には往々にして「同じことをAと言ってもBと言っても文法的に間違いではない」ということにこだわる方が見受けられます。しかし、言葉の本質はそこにはありません。「Aと言う場合とBと言う場合では、話者による出来事の捉え方、ものの見方はこんなふうに違うのだ」ということに注意を向けて学習と訓練を進めていくべきです。それが外国語をより深く理解し、思い通りの表現を作り出す鍵だと私は考えます。

例えば同じ1つの風景を見て、

「彼がドアを開けた。」(He opened the door.)

と言い表すことも、

「ドアが開いた。」(The door opened.)

と言い表すこともできます。

しかし、言い方によって話し手がその風景や出来事の「何・どこ」に注目したのかは異なっています。He opened the door. なら「彼が何をしたのか」に注目していますし、The door opened. なら「ドアがどうなったのか」に注目しています。物理的、客観的な事実としては「彼」の力が加わってドアが開いた、ということが起きたのですが、言い方が変わることで、話し手がどのようにその事態を認識したのかが異なってきます。

「言い方が変わる」ということは、「ある事態が話し手にとってどういう意味を持つのか」が変わるということです。

例えばもしも、

 The cup broke.(カップが割れた。)

という、「自動詞構文」を使って表された事態を、

 James broke the cup.(James がカップを割った。)

という、「他動詞構文」を使った言い方で話せば、話し手にとってその出来事の「意味」は、単にカップが割れたという「結果」だけでなく、誰がカップを割ったのかという「責任」にある、ということになります(本書第13講で詳述します)。

【本書のポイント1 】
言葉は意味を表すが、言葉の意味は常に話し手の「ものの見方」を表す。そしてその「ものの見方」は文法(上記の例なら自動詞と他動詞)を使って表される。
文法は「ルール」というより「人のものの見方を表す道具」。

……(続きは本書にてお読みください)

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