ちくま新書

英文法学習で「複眼的視野」を手に入れよう

好評新刊『英語脳スイッチ!』著者の自称「英語職人」時吉秀弥さんがPR誌『ちくま』に寄せてくれたエッセイを公開します。英語の「ものの見方」を学習することで、日本語独特の「ものの見方」も意識的に理解することができる。それが、コミュニケーションそのものの工夫へとつながる……。文法学習って、深い! ぜひご一読ください。

このたび拙著『英語脳スイッチ!――見方が変わる・わかる英文法26講』が無事刊行と相成りました。機会を与えてくださった筑摩書房ならびに担当編集者さんのこれまでのご尽力に心より感謝を申し上げます。

本書は英語話者のものの見方を解説する本ではありますが、もうひとつ大事なことを伝えようともしています。それは、外国語学習を通して私たちは、母語である「日本語の視点」を意識化できるのだ、ということです。

私たちは多かれ少なかれ、日本語型の「ものの見方」に支配されて生きています。そして生まれてこの方、それ以外のものの見方を経験していないので、この視点を客観視することに慣れていません。客観視する最良の方法は「他言語によるものの見方」と比較することです。比較して初めて、「なるほど、私たちはこんなふうにして世界を見ていたのか。だからついこんな言い方をしてしまうのか」と意識することができます。

私たちのものの見方が異文化圏の人たちからどう見えるのかを知っておけば、それを前提に自分たちの考えの見せ方、言い換えれば自分たちの意思や意図の伝え方を効率的に工夫することができます。本書では英語のものの見方を扱っているので、「英語の世界のものの見方」を意識してコミュニケーションを工夫することができます。英語そのものを習得することももちろん大事なのですが、言語を習得することによって同時に会得する「ものの見方の違いの理解」がこれまた重要なのです。

「英語のものの見方」で例を挙げてみましょう。拙著の中でも触れていますが、日本語にないaやtheといった冠詞、複数形などの概念を我々英語学習者はつい疎かにしてしまいます。多くの人はこのことを「英文法は難しい」という「ルールの難しさ」として捉えてしまいますが、実際には、冠詞の使い方を疎かにしているということは、「英語のものの見方」を疎かにしているということなのです。冠詞を疎かにすることで、目の前にあるものが「形の仲間なのか、材質や性質の仲間なのか」という、ものを見る時に英語話者が強く注意を向ける部分を疎かにしているわけで、その結果「犬が好き」というつもりで 
I like dog.(正しくは I like dogs. )と言ってしまい、「この人は犬を食べるのか?」と誤解されたりします。

逆に、英語の習得が十分に進んだ学習者の中には、日本語を話す時に「ああ、ここで a や the や複数形が日本語でも使えればもっと楽に正確な情報を伝えられるのに」と感じたことがある方もいらっしゃるでしょう。こうした経験は、日本語視点と英語視点という複眼的視野を体得したことによって起きるものです。

日本語と英語では同じ世界を見ても、注意を強く向ける方向が違います。英語に限らず複数の言語を習得すれば、その分だけ目の前の世界をより細かく、さまざまな方向に注意を向けて捉えることができるようになります。世界からより多くの気づきを手に入れることができるのです。あなたが言葉を扱う際には自分の話す言葉がより細やかで繊細なものになるでしょう。聞き手がどのような視点でものを見るのかに心を配り、言葉を組み立てられるからです。母語を話すときであれ、外国語を話すときであれ、複眼的視野を手に入れたあなたの言葉はより多くの人たち(日本語話者とは違う視点を持つ外国人も含めて)に「伝わる」言葉になります。

「外国語を学ぶ前にまず日本語から」という考え方もあるでしょうが、「外国語を学ぶことによって日本語が磨かれる」ことを感じてほしい。文法学習には本来そうした力があります。このことが拙著を通して読者の皆様に伝わればと思っています。

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