ちくまプリマー新書

なぜ山に登るのか

『冒険登山のすすめ』はじめに

11月刊行の米山悟著『冒険登山のすすめ――最低限の装備で自然を楽しむ』(ちくまプリマー新書)の「はじめに」を掲載します。 

 山登りをしてみたい、と思ったことはありますか? それはどんな山ですか? エヴェレストみたいな凍って高い山? 緑の湿原台地が遠くまで続く爽やかな山? 行ってみたいな、と思うその想像の中の風景は天国のイメージに近いことが多いです。実際、映画などで見る天国のイメージは、高い山の上で見た覚えのある風景に近いものです。日本の修験道者はたぶん、あの世とのあわいを求めて高山に登りました。でもね、山登りには、実は地獄もあります。地獄(ピンチ)だけを全く避けて山登りをするわけにはいきません。

 美しい風景、美しい造形の中で時に訪れる多少のピンチを自分の頭と体で切り抜けて、計画した目的を遂げて、無事に家まで帰るのが山登りです。これだけのことが、とても楽しく、気持ちがよいのです。「多少のピンチ」と書きましたが、これは主観的なもの。初心者にとっては、どんなことでも大きなピンチに思えます。そして、経験者にとっても、多少のピンチは永遠に訪れます。絶対安全な、管理された場所でのゲームではないのが山登りであり、そこに山登りの魅力もあるのだと私は思います。そしてそれは人が生きることそのものではないかと思います。

 人生には、予期できないピンチが訪れ、機智と経験と、偶然と、人の助けによって乗り越えることの繰り返しです。それを天然の山の中で、五体を使って格闘して家に帰ると、なんとも爽やかなのです。「何でわざわざ山登りなんかするのさ」という人が結構いますが、私に言わせれば、「何でわざわざ生きているのさ」というのと同じくらい意味のない疑問なのです。楽しいからに決まっているじゃないですか。

 それでは山に登るにはどうすればよいか? エヴェレストや富士山、という憧れも大切です。多くの人は写真やテレビで見た美しい山の映像から行きたくなることが多いと思います。誰かに連れて行ってもらって有名なところに行くのももちろんOKです。

 でも私はまず、初めは住まいの近くの親しみある山をお勧めします。もし山際に住んでいるなら、家の裏の山なら、家から歩いて行けるでしょう。都市の平坦な住宅街に住む人でも、晴れた日には平野の果てに山が見えるはず。少し電車かバスに乗れば良いだけです。長いこと住んでいても登ったことがない山ならば、山の上から見慣れた風景を俯瞰するだけでも新鮮です。そんな裏山、何度も登ったよ、という人は、その後ろの山に続きがあると思います。地域に親しまれている裏山といっても独立峰で三角の小山があるわけではなく、たいてい大きな山脈から平地に派生してきた尾根の末端のわずかな高まりに過ぎないのです。その後ろの山並みをどこまでも歩いていけば、山向こうの町まで続いています。

 もっと経験を積んで遠出の山行をできるようになったらそのまま県境を越えます。そうして歩くと自分の住んでいる町が、どんな山に囲まれてどんな歴史といきさつを経てきたのか、少しずつわかってくると思います。住む町から見える山を登った後は、その山の見え方が間違いなく変わります。小さな地形の一つ一つを目で追えば、そこを歩いたときの記憶を追想します。そうやって、まずは自分の立ち位置から、自分の手作りの計画で格闘してみることを勧めます。

 エヴェレストや富士山は、行きたいと思い続ければ、いつか必ず行けます。ガイドブックやツアー登山でよくある山登りをすることもできます。でも、山登りをまず、自分のいる場所から始めることを勧めたくて、この本を書きました。

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