ちくまプリマー新書

道徳は、シュールだ。
パオロ・マッツァリーノ『みんなの道徳解体新書』

 あと数年で五十になろうというのに、いまだにときおり「ふざけるな!」とられます。
以前、取材のため町内会の手伝いをしたことがありました。役員は年寄りばかりです。冬場の火の用心の夜回りは寒くてこたえるとこぼすので、夜回りと火災発生率にはなんの関連もないからやめてもいいですよ。あなたがたが寒いなか夜回りしようが、家で熱燗飲んでようが、火事が起きる確率は一緒です。と親切に統計上の事実を教えてあげたら、「そういうふざけたことをいっちゃいかんよ」と叱られました。
 後日、公園での消防避難訓練を見学したら、その役員がタバコ吸ってました。それはふざけてないんですかね。
 数年後に小中学校での道徳教育を正式科目に格上げし、道徳教育を強化すると最初に聞いたとき、私は驚きました。「ふざけてるの?」
 だって日本人の道徳心は強くなる一方じゃないですか。自分とは縁もゆかりもないタレントが不倫したというだけで、一年近く叩き続けるし、テレビのお笑い番組でちょっとでも不謹慎な企画を放送しようものなら、BPOにたれ込まれます。
 三十、四十年くらい前までは、タレントのスキャンダルもくだらない番組も、みんな楽しみにしてたじゃない。稲川淳二さんがワニの池に突き落とされるのを見て爆笑してたのは、他ならぬあなたがた日本人ですよ。
 道徳心が強まるのは、悪いことではありません。だけど何事にも適正なレベルってものがあるんです。水素水だって一気に何リットルも飲んだら絶対からだによくないし。
 いまの日本人は道徳心が強くなりすぎてしまったことが問題なんです。そのせいでよのなかがギスギスしてるというのに、これ以上道徳を過剰摂取させようだなんて、ふざけてるとしか思えません。
 加えて問題なのは、道徳教育の強化に賛成してる人たちが、道徳のことをなにもご存じないことです。現行の道徳教育の内容も、過去の道徳教育の歴史もなにひとつ知らないくせに道徳教育に口を挟むのは、ドシロウトによる不埒な越権行為です。
 私の本やブログを読んで、ふざけてると怒るかたもいらっしゃいますが、私ほどマジメで道徳的なもの書きも珍しいくらいです。当然私は、日本の道徳教育についても、マジメに勉強しました。現在使われている道徳の教科書(正式には副読本)を読みました。昭和三十三年に発行された戦後初の道徳教科書や戦前の修身教科書にも目を通しました。江戸時代以降の道徳教育の歴史も調べました。
 あらためて道徳教科書を読んだ感想。「日本の道徳教育は、シュールだ」。
 具体例は『みんなの道徳解体新書』にまとめたのでここでは列挙しませんが、道徳の教科書に登場する人間や、そこに描かれる社会の姿は、現実の人間や社会を熟知したオトナから見ると、微妙にズレていて奇妙に歪んでます。歴史的・数学的・科学的にまちがったエピソードも多々あります。
 正式科目になったら道徳にも、国語や算数のように成績をつけるのだそうです。もしも児童生徒が道徳教科書の矛盾や誤りを指摘したら、一〇〇点をもらえるのでしょうか。いえ、その可能性は低そうです。むしろ、論理的に誤っていても心が正しいと叫ぶなら空も飛べるさ! みたいなアホな子が道徳の時間にはほめられるのでしょう。
 寒いなか火の用心の夜回りという難行苦行をやってくれる町の人たちに感謝しましょう、と道徳の教科書は教えています。
 それは統計的・科学的になんの効果もないのだから、ムリしてやる必要はないですよ、と教える私の優しさは不道徳だと批判されます。
 道徳教科書が描く世界は、カフカの小説世界のようにシュールです。

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