最相葉月

第2回 人工知能が小説を書く日(後編)

 

世界最強棋士をも負かしたディープ・ラーニングは小説執筆にも適用できないのか? 試行錯誤のなかで見えてきた弱点とは──。サイエンスや医療とその周辺を追うコラム連載第2回!

 アルファ碁がイ・セドル棋士を破る鍵となったディープ・ラーニング(深層学習)は、プロ棋士らの約16万対局、約3000万個の盤面の画像を読み取って自己対局を繰り返しながら勝率の上がる手を学んでいく手法だ。チェスや将棋と対局したコンピュータのように、勝つ可能性のあるすべての局面から最適な一手を探すのではなく、対局の状況に応じて自己学習する。子どもが対局を眺めているうちに自然と打ち方やルールを覚えて強くなっていくようなものだ。
 小説にディープ・ラーニングを適用する場合、まずデータが圧倒的に足りない。星新一の1001編でも少なすぎる。たとえ数が十分にあったとしても、小説は言葉でできているため、アルファ碁が行ったようなパターン認識の方法は使えない。「おもしろい評価関数さえできれば、それなりの作品はできるかもしれないんですが」と松原さんはいう。つまり、「星新一らしさ」を数値化したプログラムを設計するとして、そのおもしろさの精度を上げるには、星作品のどんな要素を重視すればよいかが問われているということだ。
 そこで、星新一の「オチ」に着目したのが「作家ですのよ」チームのメンバーでテキストの解釈を専門とする東京工業大学助教の村井源さんだった。星の作品は、脅していた人が脅される、金持ちが貧乏になる、といった逆転のパターンが多い。解析できた212作品のうち6割はオチを抽出できたという。一方、元ネタがわからないのでパロディがわからない。常識がないので常識に反することがわからない。文章に直接表現されていないことを類推させるのもむずかしい。
 書くには書くが、読むのは苦手──。現時点の評価を総合すると、そんなところだろうか。これらの課題を乗り越えるにはお金も人手も必要だが、そもそも文学への科学的アプローチに潤沢な研究費はないという台所事情も付記しておかねばならないだろう。
「種明かしをすると、コンピュータがつくった気がしないんですよね」と松原さん。応募作は人間の関与が8割で、AIは2割。AIが単独でつくった作品ではない。
「AIとつくったという付加価値でみんなは読んでくれるけど、著作権が誰にあるかというと我々にある。これが人間4割、AI6割になったらまた応募したいけど」
 登山にたとえると何合目ですか。
「山頂が見えないので何合目かもわかりませんね」

「作家さんってどうやって作品を書いているんでしょうか」

 会場を出ようとした時、プロジェクトで「文章生成」を担当した名古屋大学教授の佐藤理史さんから、「作家さんってどうやって作品を書いているんでしょうか」と質問された。佐藤さんは、どうすれば意味がとれる文章を機械的に作ることができるかを研究している。会場では、「AIが小説を書いたということは、小説を書く機械的な方法がわかったということ。賢くなったのは人類です」と発言して笑いを誘っていた。
「作家といっても、創作のプロセスを垣間見たのは評伝を書いた星新一だけですが……」と前置きして私は答えた。
「遺品からは大量のメモや下書きが発見されました。蔵書もダンボールに何十箱もありました。海外の雑誌もたくさん含まれています。作家になるずっと前から、もちろん作家になってからも、読んで読んで読みまくっていたことは確かだと思います」
「そうですか。(AIは)読めないのに書けといわれているんですよね。うーん、我々はベテランの作家より、むしろ新人に学んだほうがいいのかもしれません」

 文章を書く時には、「よし、いける」といえるまで表現や語彙を練る「推敲」のプロセスが欠かせない。星新一の作品は一見、誰にでも書けそうな印象をもたれるが、遺品を整理しながら私が見たのは、執念とも呼べるほど厳しい執筆姿勢だった。
 小・中・大のさまざまな構想メモ、書き損じた紙の裏に米粒より小さな文字で書かれた下書き、原稿用紙の下書き、そして、清書。編集者に渡してからは、出版まで最低2回は校正の機会がある。文庫になったあとも、「ダイヤルを回す」を「電話をかける」に直すなど、時の経過に耐えうる言葉に書き換えた。腱鞘炎になっても、がんを患っても、自分が納得するまで繰り返し目を通していた。井上ひさしの表現を借りれば、最後の最後まで「決して飾らずに、言葉の鑿で素直に彫り上げる」(『組曲虐殺』)作業を続けていた。あの透明感のあるシンプルな文体と不可思議な物語世界は、そんな試行錯誤の末に完成されたものだ。
 だからといって、AIの挑戦を一笑に付すのは人間の奢りであると私は思う。糸川英夫のペンシルロケットがなければ、小惑星イトカワを目指した探査機「はやぶさ」の快挙はなかったように、あとで考えれば、子どものおもちゃのような小さな試みが私たちの想像力を掻き立て、世界を押し広げてくれるのだから。おそるおそるでも踏み出してみなければ、何も始まらない。
 今回、「作家ですのよ」チームが応募した「コンピュータが小説を書く日©名古屋大学大学院工学研究科、佐藤・松崎研究室)は、小説を書かずにはいられないAI作家の業と狂気を感じさせる不気味な作品だった。もし匿名のまま読まされたら、AIの作品かどうかは私にもわからなかっただろう。細かい注文をつければきりはないけれど、ここがスタート地点であるならば、「よし、いける」とAIが判断する作品が登場する日はそう遠くはない気がする。第一線のプロ棋士を打ちのめしたアルファ碁のような衝撃が作家たちを襲い、かつてない新しい物語の扉が開く瞬間を目撃したい。それは人間のすばらしさを証明することにもなるはずだ。