連載漫画の原稿用紙はいつもコンビニでコピーしている。主に4コマ漫画を描いているので4コマの枠をせっせとコピー。
「原稿用紙はどんな紙を使っているんですか?」
質問されたときは、だからちょっともごもごする。
セブン-イレブンやファミリーマート。
必然的にコピーしに行った先の用紙ということになるのであった。
コンビニでコピーを終えると店内の確認作業に入る。
雑誌、文具、飲料、菓子、乾物、調味料、冷凍食品。
店内を縫うように歩き商品を一通りながめる。軽いウォーキングと言えるし娯楽のひとつとも言えるのだが、むろんそれだけではない。
これまで一度も買ったことのない商品でも、必要に迫られる日が来る可能性はある。マルハのさんまの蒲焼きの缶詰を買いに走る夜が自分の人生に絶対ないと言いきれようか? 世界は不確かなことばかり。コンビニの棚にナニがあるのか確認しておくに越したことはない。
コンビニに限らず、日々、さまざまな確認をして暮らしているわたしであった。
たとえば高校生たちの通学カバンに下げられているキーホルダー。ぬいぐるみやアニメのキャラクターなど様々なものを目にするわけだが、意味なくぶら下がっているものなどひとつもなく、
「これをぶら下げている、それがわたしだ!」
あれは若者たちの無言の主張。わたしは心して彼らのキーホルダーを見つめ、静かに思いを馳せているのだった。
確認。
わが人生において一番多く確認していることとはなんぞや?
と考えてみた。
それはやはり「自分自身」であった。
アントニオ・タブッキの小説『インド夜想曲』の中で、主人公ルゥが自分の肉体を「鞄みたいなもの」と言っていた。人生とは自分自身を鞄に詰めて旅するようなものということなのだろう。
夜、風呂に入る。
わたしは湯船に沈む自分の「鞄」を確認する。たっぷり脂肪がついた中年の太もも。それがやけに生白いせいで、色素沈着した膝小僧が目立っている。
「膝小僧っていうか、わたしのはもう膝番頭やな……」
膝にある過去の傷跡も、いつの間にかできた理由を忘れてしまっている。
買い替えることができないわたしの鞄。
ひとりにひとつだけ。
ため息をつきたくなる日もある。持ちこたえておるなぁと感心する日もある。この鞄を抱え、これからも歩いていく。
エッセイ集『小さいコトが気になります』が、このたび文庫になりました。コンビニの棚やキーホルダーの確認をはじめ、棋士たちが食べるおやつの確認、不動産屋に張り出されている間取りの確認(引っ越す予定もないのに)、駅のキオスクの確認など、ざっくり言えば確認エッセイ集です。本書にはコンビニでコピーした原稿用紙に描いた漫画も多数収録されております。
ちくま文庫
小さいコトが気になります
益田ミリ 著
定価660円(10%税込)